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秀一は二階へ上がると、伊理穂の部屋の前で立ち止まった。
中からはくぐもったような泣き声が漏れ聞こえている。
おおかた布団を被って泣いているのだろう。
秀一は小さく嘆息すると、伊理穂の部屋のドアを軽く二回ノックした。中からの返事など最初から期待していない秀一は、そのまま声をかける。
「伊理穂、入るぞ」
一言だけ断りを入れて、秀一はドアの取っ手をひねって中へと足を踏み入れた。
電球色の明かりだけが灯る薄暗い部屋を見渡すと、案の定、伊理穂のベッドの中心がこんもりと丸くなっていた。
秀一は苦笑してそれに近づくと、伊理穂の学習机の椅子を引き寄せてベッドのそばに腰掛けた。
ベッドの中心にあるふくらみに向けて言う。
「伊理穂、どうした? 母さんが心配している。――話くらいなら、聞いてやるが?」
「……お父さんっ」
言うと、伊理穂がからだを起こして、布団の隙間から涙でぐしゃぐしゃに歪んだ顔を出した。
秀一はそんな娘の頬に手を伸ばしてそこを流れる涙をぐいと親指の腹で拭ってやると、その手を伊理穂の頭に移動させて優しく撫でた。
「どうした、伊理穂」
「お父さん……っ。わたし、わたし、洋平にひどいこと……しちゃった……っ!」
「ひどいこと?」
秀一はそのまま、黙って伊理穂に話をさせた。
大筋は先ほど洋平の口から聞いたものとほとんど同じだったが、洋平からは語られなかった出来事もちらほらと伊理穂は話してくれた。
曰く、洋平は伊理穂のことが嫌いで迷惑だと思っており、伊理穂がそばにいることそれ自体が苦痛だとのこと。そして、それを長年耐えていたとのこと。
(なるほどな……)
秀一は娘に気づかれぬように、内心で嘆息した。
そして、洋平の聡明さに半ば呆れながら感心した。
なるほど伊理穂のことをよくわかっている。
たしかにそこまで言えば、伊理穂は洋平に容易には近づかないだろう。
やり方が徹底していた。
(三年前の経験もあってか、あいつ、やり口が板についてるな……)
微かに眉間に皺を寄せ、秀一は苦々しい思いを胸に抱いた。
(まったく。賢いってのはこういうとき厄介だな)
せめてもう少し洋平が愚かであれば、せめてもう少し洋平の聞き分けが悪ければ。
こんな見事なまでに擦れ違わなくてもすんだだろうに。
(いや、洋平だけに責任があるわけでもない……か)
思って秀一は娘を見つめる。
せめて伊理穂がもう少し鋭ければ、言葉の裏に隠された洋平のほんとうの気持ちに気づいたかもしれないのに。
(…………)
ふいに胸に千鶴の呑気な笑顔が浮かんで、秀一は眉間に寄せた皺を一層深くした。
(それこそ無理な話か)
きっと遺伝子レベルの鈍さだ、これは。
一気に疲れた気持ちがして、秀一は肺の底から深く深く息を吐き出す。
と、それを伊理穂は怒っていると勘違いしたのか、慌てたように口を開いた。
「あ、お、お父さん! でも洋平を怒ったり嫌ったりしないで、お願い! わたし、わたし洋平が今まで傍にいてくれて、すごく幸せだった。たとえ洋平が無理してたんだとしても、それでもわたしはすごく幸せだったの。怒られるなら、嫌われて当然なのは、むしろ無理をさせていると気づいていたわたしの方。気づいていたのに、ただ自分が傍にいたい一心で、その事を無視し続けてきたわたしのほうなの!」
秀一の腕にすがりつくように必死に訴える伊理穂に、秀一は優しく瞳を細めた。
中からはくぐもったような泣き声が漏れ聞こえている。
おおかた布団を被って泣いているのだろう。
秀一は小さく嘆息すると、伊理穂の部屋のドアを軽く二回ノックした。中からの返事など最初から期待していない秀一は、そのまま声をかける。
「伊理穂、入るぞ」
一言だけ断りを入れて、秀一はドアの取っ手をひねって中へと足を踏み入れた。
電球色の明かりだけが灯る薄暗い部屋を見渡すと、案の定、伊理穂のベッドの中心がこんもりと丸くなっていた。
秀一は苦笑してそれに近づくと、伊理穂の学習机の椅子を引き寄せてベッドのそばに腰掛けた。
ベッドの中心にあるふくらみに向けて言う。
「伊理穂、どうした? 母さんが心配している。――話くらいなら、聞いてやるが?」
「……お父さんっ」
言うと、伊理穂がからだを起こして、布団の隙間から涙でぐしゃぐしゃに歪んだ顔を出した。
秀一はそんな娘の頬に手を伸ばしてそこを流れる涙をぐいと親指の腹で拭ってやると、その手を伊理穂の頭に移動させて優しく撫でた。
「どうした、伊理穂」
「お父さん……っ。わたし、わたし、洋平にひどいこと……しちゃった……っ!」
「ひどいこと?」
秀一はそのまま、黙って伊理穂に話をさせた。
大筋は先ほど洋平の口から聞いたものとほとんど同じだったが、洋平からは語られなかった出来事もちらほらと伊理穂は話してくれた。
曰く、洋平は伊理穂のことが嫌いで迷惑だと思っており、伊理穂がそばにいることそれ自体が苦痛だとのこと。そして、それを長年耐えていたとのこと。
(なるほどな……)
秀一は娘に気づかれぬように、内心で嘆息した。
そして、洋平の聡明さに半ば呆れながら感心した。
なるほど伊理穂のことをよくわかっている。
たしかにそこまで言えば、伊理穂は洋平に容易には近づかないだろう。
やり方が徹底していた。
(三年前の経験もあってか、あいつ、やり口が板についてるな……)
微かに眉間に皺を寄せ、秀一は苦々しい思いを胸に抱いた。
(まったく。賢いってのはこういうとき厄介だな)
せめてもう少し洋平が愚かであれば、せめてもう少し洋平の聞き分けが悪ければ。
こんな見事なまでに擦れ違わなくてもすんだだろうに。
(いや、洋平だけに責任があるわけでもない……か)
思って秀一は娘を見つめる。
せめて伊理穂がもう少し鋭ければ、言葉の裏に隠された洋平のほんとうの気持ちに気づいたかもしれないのに。
(…………)
ふいに胸に千鶴の呑気な笑顔が浮かんで、秀一は眉間に寄せた皺を一層深くした。
(それこそ無理な話か)
きっと遺伝子レベルの鈍さだ、これは。
一気に疲れた気持ちがして、秀一は肺の底から深く深く息を吐き出す。
と、それを伊理穂は怒っていると勘違いしたのか、慌てたように口を開いた。
「あ、お、お父さん! でも洋平を怒ったり嫌ったりしないで、お願い! わたし、わたし洋平が今まで傍にいてくれて、すごく幸せだった。たとえ洋平が無理してたんだとしても、それでもわたしはすごく幸せだったの。怒られるなら、嫌われて当然なのは、むしろ無理をさせていると気づいていたわたしの方。気づいていたのに、ただ自分が傍にいたい一心で、その事を無視し続けてきたわたしのほうなの!」
秀一の腕にすがりつくように必死に訴える伊理穂に、秀一は優しく瞳を細めた。