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夢小説設定
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「かえでく……っ!」
驚いて顔をあげる伊理穂の視界いっぱいにひろがる、流川の柔らかな黒髪。
それを認識すると同時に、唇に乾いたやわらかいものが触れた。
それが離れて、流川の切れ長の漆黒の瞳にまっすぐ見つめられて、初めて、伊理穂は自分の唇に触れたものが流川の唇だと気付いた。
瞬間、伊理穂の心臓が狂ったように暴れ出す。
「か、かえでくん……」
顔を真紅に染めて、震える手で自身の唇にそっと触れる伊理穂を、流川は強く抱きしめた。
伊理穂の身を焦がすような激しい情熱を秘めた流川の声が、耳元で囁く。
「伊理穂、ダイジョーブだ。オレがいる。オレが、伊理穂を守ってやる」
「楓くん……」
「だから、こんなときまでアイツの名前を呼ぶな。――オレを呼べ。オレを頼れ、伊理穂。水戸じゃなくて、オレを……!」
言葉と同時に、流川の伊理穂を抱く腕に力がこもった。
伊理穂はまだ心臓をどきどき言わせながら、ぼうっとしたままそれに頷く。
「楓くん……。うん……。ありがとう、楓くん」
「伊理穂……」
流川は体を離すと、再び伊理穂に顔を寄せてきた。
伊理穂は瞳を閉じてそれを受け入れる。
啄ばむようなやわらかい流川のキスに、伊理穂の頭は惚けたように何も考えられなくなった。
大楠をなだめすかして落ち着かせると、洋平は一度1年10組の教室へ引き返した。
流川に任せておけば大丈夫だと思ったけれど、それでも伊理穂のことが気にかかった。
教室に近づくと、中から涙声で自分の名を呼ぶ伊理穂の声が聞こえた。
反射的に洋平は教室を覗き込む。
と。
伊理穂と流川がキスをしている姿が、矢のように鋭く洋平の目に飛び込んできた。
「――!」
洋平は咄嗟に中の二人から身を隠すように、ひとり廊下で教室側の壁に凭れかかった。
心臓が、拳銃かなにかで撃ち抜かれたような衝撃を受けた。
どくどくと、そこに開いた穴から真っ赤な血があふれ出す。
苦しい。
洋平は制服の胸元を強く握り締めた。
息を吸い込もうとしてもうまくいかない。
開けた口からは小さく、喘ぐような吐息が漏れるだけで、酸素が入ってこない。
教室から、伊理穂と流川の声が聞こえてくる。
「伊理穂、ダイジョーブだ。オレがいる。オレが、伊理穂を守ってやる」
「楓くん……」
「だから、こんなときまでアイツの名前を呼ぶな。――オレを呼べ。オレを頼れ、伊理穂。水戸じゃなくて、オレを……!」
「楓くん……。うん……。ありがとう、楓くん」
「伊理穂……」
はっ、と洋平は息を吐き出した。
その体勢のまま、顔を上向けて天井を見上げる。
長い夏の日のおかげでまだ灯されることのない二本の蛍光灯が、洋平を暗く見下ろしていた。
それを見て、洋平の口元に自嘲が浮かぶ。
泣きそうに顔をゆがめた。
「はは……」
吐息のような声が漏れる。
「――やっぱり、ダメだよな……。オレも……そろそろ、潮時だよなぁ……」
洋平は囁くように呟いた。
あげていた顔を戻して、壁に預けていた背をのろのろと離す。
「オレも、大楠のこと言えねぇわ……」
いまだ血を流し続ける胸を抑えて洋平は唇の裏でそう言うと、足音を立てないように、静かにそこを離れた。
To be continued…