伊理穂のからだが今度は緊張に強張る。

「よ、ようへい……？」

いつもと違う洋平の真剣な眼差しに、伊理穂の心臓が早鐘を打った。
と、ふいに洋平がおかしそうに笑い出した。
洋平は目尻に浮かんだ涙を拭いながら、がちがちに硬直する伊理穂の頭を優しく撫でてくる。

「はは。ジョーダンだよ伊理穂。ジョーダン！　そんなに硬くなるなよ。……大丈夫。オレは好きな女でも、気持ちがオレになきゃ抱かねぇから」
「う、うん……」

伊理穂は逸る心臓を落ち着けながら、なんとかそう返事を返した。
洋平の触れた唇が、妙にもどかしい。

（じ、冗談……。そうだよね……。急に真剣な顔して変なこと言うから、びっくりした……。そうだよ、洋平が、わたしのこと嫌いなことはあっても、そういう意味で好きになるなんて、絶対ない……）

なぜだろう、胸が痛い。
だけれど、その感情を深追いすることはいけない事のような気がして、伊理穂はすぐにそれを考える事をやめた。
と、じっと何かを言いたげにこちらを見つめていた洋平が、躊躇うように低く声を出した。

「……伊理穂チャン。今の意味、わかった？」
「え？　なにが？」

問われた意味がわからなくて、伊理穂はきょとんと目を丸くする。
それを見た洋平が、はぁと重い息を吐き出した。近づけていた顔を離して、どこか淋しそうな顔で笑む。

「いや……なんでもねぇよ」
「？　そう？　……でも、さ。洋平の彼女になれる人は、幸せだよね」

誰よりも優しくて、誰よりも頼れる幼馴染み。
彼に愛される女の人は、きっと何よりも大切にされるだろう。
羨ましいなと、伊理穂は心からそう思って言った。
洋平はどこか傷ついたような表情で一瞬だけ目を瞠ると、すぐにいつもの悪戯っぽい笑みを浮かべた。
伊理穂の頬をむにっと引っ張りながら言う。

「サンキュ。でも伊理穂の彼氏は大変だな」

洋平のその言葉に、伊理穂の胸がきしりと音を立てた。
少しだけほぐれていた心が再び不安に凝り固まって、伊理穂はそれをごまかす様にひきつった笑みを浮かべる。

「あ、うん。……そう、だね……」

言うと、洋平が驚いたように目を丸くした。

「どうした、伊理穂？　いつもみたいに、そんなことないですぅ～って反論してこないのか？」
「だって……。洋平の言うとおりだと思って……」
「伊理穂？　何言ってんだよ、ジョーダンだよ。お前と付き合うやつは幸せに決まってんだろ？」
「うん……」

瞳を伏せて生返事を返すと、洋平の手が頬に触れた。
心配そうに洋平が言う。

「どうした？　流川になんか言われたのか？」
「ううん、違うよ。なんでもない。なんでもないの……」

言葉を濁していると、洋平が親指の腹で頬を撫でてきた。
その感触に、伊理穂は瞳を閉じる。

「伊理穂。なにか不安なことがあるなら話してみろよ」
「う……ん」

その優しい声音に導かれるようにして、伊理穂はぽつりぽつりと胸につかえていたことを話し出す。