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再び煙を深く吸い込んだ。
苦い、タバコの味。
「翔陽戦の前日に、流川が伊理穂に告白したんだ。返事は翔陽戦後にくれってな。それで、二人は今日から彼氏彼女ってわけだよ」
ふうと細く長く、肺にたまった煙を吐き出す。
苦い煙を出し切ってもなお、まだ洋平の胸には耐え難いくらいの苦さが残っていた。
「洋平……」
気遣うような花道の声が、今日はやけに耳に優しく響く。
洋平は、それに誘発されて胸に込み上げた熱いものに蓋をするように、無理矢理その顔に笑顔を張りつけた。
花道の顔を見ることができない。
目を見ることが出来ない。
それをしてしまったら、堪えているものが溢れてしまうような気がした。
「そういうわけだからよ。……今日、わりいな。朝、連絡もらったのに一緒に学校来てやれなくて」
花道のくたびれた上履きを見ながら、顔を伏せて洋平は言う。
今日の朝、伊理穂と流川を見送ったしばらくあとに、洋平は花道から電話をもらっていた。
昨日の興奮が抜けきらずに落ち着かないから、今から一緒に学校に行こうとのことだった。
別に断る必要もなかったけれど、どうしても洋平はそういう気持ちになれなくて、花道のその申し出を辞退した。
上機嫌の花道に、自分の沈んだ顔を見せたくないというのもあったかもしれない。
以前涙を零したおかげでだいぶ胸の痛みはマシになったけれど、それでも身を引き裂かれるほどの苦しみが消えたわけじゃなかった。
朝から伊理穂と流川の仲の良さを目の当たりにした自分が、その直後に花道に笑えるとはどうしても思えなかったのだ。
花道が静かに首を振る。
「そんなの気にするなよ。洋平、お前大丈夫か?」
「……想像してたよりは、大丈夫みたいだ。そのことに、少しほっとしてる」
「洋平……」
洋平は持ってきていた携帯灰皿に、まだ長いタバコをギュッと押し付けると、自分の胸の高さまであるフェンスに腕を乗せて凭れかかった。
眼下に広がる見慣れた街の景色に、瞳を細める。
頬を撫でる風が、湿っていて気持ち悪かった。
「サンキューな、花道。お前の存在に、オレはだいぶ救われてるよ」
「オレ、なんにもできてねえ」
「そんなことねぇよ。こうやって話を聞いてもらえるだけでも、随分違うんだぜ? ……女々しい話だけどな」
「……オレは、洋平がどれだけ伊理穂の事を大事に想ってるか知ってる。ずっと洋平と伊理穂を見てきた。だから、お前が伊理穂のことで苦しむのを、女々しいなんて思うわけねーだろ」
「……サンキュ、花道」
洋平は、今度はしっかりと花道の目を見てお礼を言った。
花道が真剣な表情で見返してくる。
洋平はそれに眉尻を下げて微笑んで見せた。
「ああそうだ、花道。このこと、他の連中には……特に大楠には、まだ言わないでくれないか?」
「あいつらに? なんでだ?」
「大楠、伊理穂のこと好きだろ? だから、あいつが暴走しねえか心配なんだ。折を見てオレから話すから、まだ言わないでくれ」
「わかった」
「サンキュ」
花道は神妙に頷くと、洋平の隣りで洋平と同じように屋上のフェンスに凭れかかった。
頬杖を着いて、灰色の空をじっと見つめる。
「うまく、いかねえなあ」
「……そうだな」
二人は二時間目の授業終了のチャイムが学校に鳴り響くまで、今にも泣き出しそうな空の下でそうやって過ごしていた。