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「よ、洋平聞いて聞いて! あのねあのね、わ、わたし、流川くんに告白されちゃった!」
バイトが終わって帰宅し、眠ろうと部屋に入った洋平は、ドアを開けた途端、興奮した様子の伊理穂に出迎えられた。
その口から吐き出された言葉に、洋平の心臓が束の間拍動をやめる。
目の前が、真っ暗になった。一瞬にして麻痺した思考回路でなんとか言葉をつむぎだす。
「……へえ」
「へえ、ってなによー! もっとなんかこう、あるでしょ? おめでとうとかさー」
伊理穂がぷうと頬を膨らませる。
それを見て、洋平はハッと我に返ると、眉尻を下げて微笑んだ。
「そうだな。……よかったな、伊理穂」
「――うん」
伊理穂が今まで見た中で一番綺麗な顔で微笑む。
洋平の胸が、ぎゅうっと縮んだ。
だけど、頭はひどくぼんやりとして、それ以上何も考えることができなかった。
まるで頭の中で砂嵐が起こっているみたいに、全てが遠い。
耳の奥でごうごうと音がしている。
どこか遠くで嬉しそうに響く伊理穂の声。
それに笑顔を返す自分を、洋平はからだの外側からぼうっと眺めているような感覚を味わっていた。
心とからだが結びつかない。
まるで、心が今の状況を理解することを拒否しているみたいだ。
洋平の手が勝手に伸びて、伊理穂の髪に触れる。
付き合うことになったのか? そう自分が言って、その言葉に伊理穂が小さく首を振った。
「ううん。返事は、明日の翔陽戦後にって……」
「そっか。好きだって、伝えるんだろ?」
「うん」
「……そうか」
別人のもののようだった感覚が、その時突然自分のものとリンクした。
途端体中に走る痛み。
心臓が。そこから流れる血液が。全身に棘を運ぶ。
「お前もついに、他の男のもの……か」
ふいに口をついて出た呟きに、伊理穂が小さく目を見開いた。
声が、震えていたのかもしれない。
「洋平?」
戸惑うような伊理穂に、洋平は苦笑する。
声が震えていたことをごまかせるような言い訳を、衝撃で鈍くなった頭で必死で考えた。
「ん? いや、お前のようなお子ちゃまがいっぱしに誰かの彼女になるのかと思うと、おそろしくてな」
そうやってわざとらしく身を震わせながら言うと、伊理穂が今度は怒ったように頬を膨らませた。
「あー、なにそれ! もう、洋平失礼じゃない!?」
「はは。失礼だったか?」
「そうよ! こんな立派なレディをつかまえて」
「レディねえ……」
しみじみと言ってやると、伊理穂が文句ある? と上目遣いで睨んできた。
軋む胸を抑えて、洋平は声を出して笑ってやる。
「ははは! 悪かったって、そう怒るなよ伊理穂チャン。……ほんとうに、よかったな」
「――うん」
恥らうように伊理穂が微笑む。
「洋平のおかげなんだよ」
「ん?」
「洋平がいつもわたしのこと見ててくれて、励ましてくれて、アドバイスくれて……。洋平がいなかったらきっと、こんな日、来なかった……」
伊理穂の言葉が、洋平の全身を切り刻む。
鼻の奥がツンとして、息を吸うのがひどくつらい。
(オレは、この日が来るのを、ずっと恐れてたよ……伊理穂)
「よかったな」
再び、誰かが自分のからだを動かして伊理穂に言う。
言葉や行動は自分の管轄から大きく外れてしまっているのに、なのに心の痛みだけは自分から切り離されることはなくて、ひどく苦しかった。
どろどろの感情が、自分の内側を駆け巡る。
いまなら、流川に手を触れさせずに、伊理穂を手に入れることができる。
誰にも伊理穂を渡さずに、自分のものにして、壊してしまうこともできる。
だけど。
だけどそれは。
本来の自分の望みとはひどく対極にあるもので。
(オレがほんとうに望むのは、お前の幸せだから……だから……)
漫画でなら読んだことがある。
テレビや映画でも見たことがある。
歌でもよく耳にする感情だ。
ほんとうに愛しているから、だから諦める。
愛している人の幸せのために、自己を犠牲にする。
ありふれた情況なのに、使い古された展開なのに、いざ自分の身に降りかかるとなると、それは全然簡単なことじゃなかった。
娯楽の中では美しく描かれるそれだけど、実際は全然美しくなんかない。
どろどろな感情と幸せを願う理性が、ぎりぎりのラインで争いあって、息も出来ないくらい苦しい。
地面をのたうちまわって、小さな子供のように駄々をこねられたらどんなに楽なんだろう。
だってみんな、幸せを求めてて。
愛している人とは、自分が幸せになりたくて。
だけど、それが叶わないから。せめて。
(愛している人に、幸せになって欲しいって……願うんだ)
身を引き裂かれるような痛みとともに。
それでも。
「流川ならきっと、お前のこと大切に愛してくれる。よかったな、伊理穂。愛した人に愛されて。オレは、お前の幸せをいつも傍で見守ってるから」
「うん……! ありがとう、洋平! 大好きだよ!」
「オレも……大好きだよ、伊理穂」
感情に、蓋をした。
To be continued…
バイトが終わって帰宅し、眠ろうと部屋に入った洋平は、ドアを開けた途端、興奮した様子の伊理穂に出迎えられた。
その口から吐き出された言葉に、洋平の心臓が束の間拍動をやめる。
目の前が、真っ暗になった。一瞬にして麻痺した思考回路でなんとか言葉をつむぎだす。
「……へえ」
「へえ、ってなによー! もっとなんかこう、あるでしょ? おめでとうとかさー」
伊理穂がぷうと頬を膨らませる。
それを見て、洋平はハッと我に返ると、眉尻を下げて微笑んだ。
「そうだな。……よかったな、伊理穂」
「――うん」
伊理穂が今まで見た中で一番綺麗な顔で微笑む。
洋平の胸が、ぎゅうっと縮んだ。
だけど、頭はひどくぼんやりとして、それ以上何も考えることができなかった。
まるで頭の中で砂嵐が起こっているみたいに、全てが遠い。
耳の奥でごうごうと音がしている。
どこか遠くで嬉しそうに響く伊理穂の声。
それに笑顔を返す自分を、洋平はからだの外側からぼうっと眺めているような感覚を味わっていた。
心とからだが結びつかない。
まるで、心が今の状況を理解することを拒否しているみたいだ。
洋平の手が勝手に伸びて、伊理穂の髪に触れる。
付き合うことになったのか? そう自分が言って、その言葉に伊理穂が小さく首を振った。
「ううん。返事は、明日の翔陽戦後にって……」
「そっか。好きだって、伝えるんだろ?」
「うん」
「……そうか」
別人のもののようだった感覚が、その時突然自分のものとリンクした。
途端体中に走る痛み。
心臓が。そこから流れる血液が。全身に棘を運ぶ。
「お前もついに、他の男のもの……か」
ふいに口をついて出た呟きに、伊理穂が小さく目を見開いた。
声が、震えていたのかもしれない。
「洋平?」
戸惑うような伊理穂に、洋平は苦笑する。
声が震えていたことをごまかせるような言い訳を、衝撃で鈍くなった頭で必死で考えた。
「ん? いや、お前のようなお子ちゃまがいっぱしに誰かの彼女になるのかと思うと、おそろしくてな」
そうやってわざとらしく身を震わせながら言うと、伊理穂が今度は怒ったように頬を膨らませた。
「あー、なにそれ! もう、洋平失礼じゃない!?」
「はは。失礼だったか?」
「そうよ! こんな立派なレディをつかまえて」
「レディねえ……」
しみじみと言ってやると、伊理穂が文句ある? と上目遣いで睨んできた。
軋む胸を抑えて、洋平は声を出して笑ってやる。
「ははは! 悪かったって、そう怒るなよ伊理穂チャン。……ほんとうに、よかったな」
「――うん」
恥らうように伊理穂が微笑む。
「洋平のおかげなんだよ」
「ん?」
「洋平がいつもわたしのこと見ててくれて、励ましてくれて、アドバイスくれて……。洋平がいなかったらきっと、こんな日、来なかった……」
伊理穂の言葉が、洋平の全身を切り刻む。
鼻の奥がツンとして、息を吸うのがひどくつらい。
(オレは、この日が来るのを、ずっと恐れてたよ……伊理穂)
「よかったな」
再び、誰かが自分のからだを動かして伊理穂に言う。
言葉や行動は自分の管轄から大きく外れてしまっているのに、なのに心の痛みだけは自分から切り離されることはなくて、ひどく苦しかった。
どろどろの感情が、自分の内側を駆け巡る。
いまなら、流川に手を触れさせずに、伊理穂を手に入れることができる。
誰にも伊理穂を渡さずに、自分のものにして、壊してしまうこともできる。
だけど。
だけどそれは。
本来の自分の望みとはひどく対極にあるもので。
(オレがほんとうに望むのは、お前の幸せだから……だから……)
漫画でなら読んだことがある。
テレビや映画でも見たことがある。
歌でもよく耳にする感情だ。
ほんとうに愛しているから、だから諦める。
愛している人の幸せのために、自己を犠牲にする。
ありふれた情況なのに、使い古された展開なのに、いざ自分の身に降りかかるとなると、それは全然簡単なことじゃなかった。
娯楽の中では美しく描かれるそれだけど、実際は全然美しくなんかない。
どろどろな感情と幸せを願う理性が、ぎりぎりのラインで争いあって、息も出来ないくらい苦しい。
地面をのたうちまわって、小さな子供のように駄々をこねられたらどんなに楽なんだろう。
だってみんな、幸せを求めてて。
愛している人とは、自分が幸せになりたくて。
だけど、それが叶わないから。せめて。
(愛している人に、幸せになって欲しいって……願うんだ)
身を引き裂かれるような痛みとともに。
それでも。
「流川ならきっと、お前のこと大切に愛してくれる。よかったな、伊理穂。愛した人に愛されて。オレは、お前の幸せをいつも傍で見守ってるから」
「うん……! ありがとう、洋平! 大好きだよ!」
「オレも……大好きだよ、伊理穂」
感情に、蓋をした。
To be continued…