仙道は髪に手を突っ込むと、今にも爆発しそうな何かを堪えるようにそれを握りつぶした。
俯いた顔から、小さく言葉が漏れる。

「そういうこと……かよ」

先生に呼び出されたと言っていたのにとか、越野はオレの親友のはずなのにとか、目の前の現実を否定したくて、様々な思いが仙道の脳内を駆け巡る。
それとは正反対に、全身からはみるみると力が抜けていく。
もうなにがどうなってもいい、投げやりな気分だった。
だけど、扉を開ける前に二人に気付いたことに、仙道は助かったように息を吐く。
あんな場面にいきなり遭遇してしまっては、平静でいられる自信がなかった。
みっともなく取り乱す様を名前に見られなかったことが、せめてもの救いか。
自嘲するように口の端を持ち上げて、そんなことを思う。

「……名前……」

仙道は悲鳴をあげる胸を必死でなだめながら掠れる声で名前の名前を呼ぶと、静かに立ち上がってその場を後にした。








放課後。名前はひとり教室で仙道の帰りを待っていた。
仙道は今週、外掃除の当番で、今日は珍しく真面目にそれに出ていた。
部活のエナメル鞄は机の横に雑にぶら下がったままなので、部活に行く前に仙道は教室に来るだろう。
名前は今か今かとじりじりした気持ちで仙道を待つ。
結局昼休みから今まで、隣りの席にいたのにちっとも仙道と話すことができなかった。
呆れたようにそれを見ていた越野に、今日中に仲直りしろと厳命されて今に至っている。
名前は今日一日の自分の行動を振り返って、深く反省した。
仙道からしたら、自分がなぜ避けられているのかきっとわからなかっただろう。
仙道をひどく傷つけてしまったに違いない。
許してもらえるかわからないけれど、事情を話して誠心誠意謝らなくては。
決意を固めて拳を握ったそのとき。
からららと乾いた音を立てて教室のドアがスライドした。

「！」

弾かれたようにそちらへ顔を向けると、驚いた表情の仙道と目が合う。

「あ、彰、お帰り！」

今までどおりに振舞おうと意識しすぎて、かえって上滑りしてしまった自分の声が情けなく教室に響く。
変に思われたかもしれない。
内心で冷や汗を流す名前とは裏腹に、仙道が優しく微笑む。

「ただいま」

いつもと変わらない仙道の声音。
ほっとして名前は息を吐く。

「あ、あのね、彰。今日、ごめんね」
「今日？　何が？」
「変な態度取っちゃって」
「――ああ、そのこと。もういいよ」

仙道のその言葉にホッと息をついたのもつかの間。

「理由がわかったから」

名前は仙道の次の言葉に眉根を寄せた。

「え、理由？」
「…………」

訊き返す名前に、仙道は感情の読めない表情で笑う。