「オレ、行ってくる」
「……監督には、うまく言い訳しといてやる」
「サンキュー、越野！　愛してるっ！」

仙道は越野に抱きついた。
越野がギャーとまるで断末魔の悲鳴をあげる。

「離せ仙道、気色わりいっ！　相手間違えてんだろっ!!」
「うん。でも今は越野も抱きしめたい気分」
「ぎゃああ、俺はいいから早く名前の元へ行けバカ！」

越野は体に巻きついた仙道を無理矢理引き剥がすと、不機嫌に鼻を鳴らした。
自身の頬を指差して言う。

「ここの分は、また別の形で詫びしてもらうからな」
「うん。ゴメン越野。……じゃあ、行ってくる」
「おう。しっかりやれよ」

越野の言葉を背に、仙道は駆け出した。








そろそろ帰らなきゃ。
いったいどれくらいの間、教室で泣き続けてたんだろう。
朦朧とする頭で名前は考えた。
きっと今鏡を見たら、腫れあがった目に真っ赤な鼻をした醜い自分が映ることだろう。
なんてみっともない。
その姿を想像して、情けなさに名前の目尻に涙が浮かんだ。
そのときだった。
誰かが凄い勢いで廊下を走る音が聞こえた。
ああ、そんな風に走ったら危ないのにな。なんて思っていたら、その足音が教室の前で止まった。
間髪入れずに勢い良くドアが開く。

「ひゃ！」

放課後の静かな教室にその音はやけに大きく響いて、名前は驚きに身を竦ませた。
一体誰が入ってきたのだろうと、床にはりついたままの体を少しだけ起こして、名前の体は固まった。
そこには今しがた別れたばかりの、仙道彰がいた。

「…………」

きっと仙道は忘れ物を取りに教室に戻ってきたのだろう。
仙道は名前が越野と付き合って幸せいっぱいだと思っている。
こんな姿を見られるわけにはいかなくて、名前はそうっと音を立てないように身を低くしていった。
たくさん並ぶ机と椅子の間から、仙道の足がこちらに近づいてくるのが見える。
もっと身を低くしなきゃ。思って名前が体を丸めようとしたときだった。
机の脚に、思いっきり頭を打ち付けてしまった。

「っつ！」

その音と、微かにもらしてしまった呻き声に気付いた仙道の足が、こちらへ向かってくる。

（もう逃げられない……）

観念して名前は体を起こした。
泣いて醜い顔を見られないように顔を思いっきり俯けて、痛みに震える胸を抑えながら、わざと明るい声を出す。

「彰？　どうしたの、忘れ物？」
「……うん」

仙道が頷いた。
名前は一刻も早くその場を立ち去ろうと、鞄に手を伸ばしながら言う。