「まあね」

ああよかったよかったと明日の食べ物に思いを馳せていると、ふいに仙道の唇が頬に触れた。
心臓が一瞬で爆発したように脈打って、慌てて仙道を振り返る。

「あああ、彰!?」
「はは、唇がよかった？　今は家の前だからこれくらいしかできなくてごめんね」
「べ、別に……！　わ、わたしはそういうの、期待してないしっ」

ほんとうは仙道の言うとおり唇がよかったけれど、そんなこと死んでも言えない。
思わず強がる名前を、仙道が覗き込んできた。

「そう？」

仙道の、全てを見透すような瞳がじっと名前を見つめてくる。
名前はこれ以上目を合わせているとそこから全てバレてしまうような気がして、ついと視線をそらした。
名前のその反応に仙道は楽しそうに口の端を持ち上げ、もう一度頬にキスを落としてきた。
顔をあげる名前に仙道が優しく微笑む。

「じゃあ名前。そろそろ帰るよ。夜遅くにごめんな」
「ううん。わたしも彰の顔見れて嬉しかった」
「おや。素直」
「……いいでしょ」
「うん。俺今けっこうときめいたよ」
「もう！　そういうこといちいち言わないでよ。恥ずかしいなぁ」

仙道に背を向けて赤らんでしまった頬を押さえながらそう言うと、ふいに仙道に名前を呼ばれた。

「…………。ね、名前」
「ん？　――！」

振り向くと、名前の唇に掠めるように仙道の唇が触れた。
驚いて目を見開く名前に、仙道が眉尻を下げて微笑む。

「ごめん。名前があんまりかわいかったから」
「……バカ」
「あー、家の人に見られてないといいけど」
「ほんとうにね」

かわいくないことを返しながらも、名前は仙道の触れた唇に手をあてた。
嬉しくて笑顔になってしまうと、仙道が優しく頭を撫でてくれる。

「じゃあ、名前。今度こそ俺、ほんとうに帰るよ」
「あ、うん。気をつけてね彰。明日楽しみにしてるから」
「うん。俺も名前の水着楽しみにしてるね」
「それだけかい！」
「はは、冗談だよ。じゃあね、名前。おやすみ」
「おやすみ、彰」

名前は去っていく仙道が見えなくなるまで、その背中を見送った。