彼女の条件
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ふいに牧の声が聞こえた。
名前は驚いてそちらを振り返る。
「ま、牧先輩……!」
出入り口の近く。名前が今居る場所からは見えづらい位置の下駄箱に、牧はその背を預けて立っていた。
牧は下駄箱に寄りかかっていたからだを起こすと、名前の隣りに立った。
片頬を持ちあげて、ニヒルに微笑む。
「サボりか? 大会も近いってのにいい度胸だな」
「や、辞めましたから」
牧から顔を背けて名前は言った。
牧の顔を見ることができない。今はどうしても辛すぎる。
牧がさらに一歩、名前との距離をつめた。
名前の顔のすぐ横の下駄箱に、牧が肘をつく。
ぐんと縮まった自分と牧との距離に、名前の心臓がどくんと跳ねた。
「俺は受理してないぞ。それとももう、顧問に退部届けでも出したのか?」
「ま、まだ……。先生、いなかったから」
「ふうん。……それで、俺とは別れるって?」
牧のその言葉にびくりと名前のからだが震えた。
ずきんずきんと胸が痛む。
牧の顔が見れなくて、名前は顔を俯かせる。
「だ、だって……。わたし、牧先輩の足手まといになっちゃうから……!」
再び言葉にすると、じわりと涙が浮かんだ。
それが零れ落ちるのを必死で堪えるように、名前は手元のカバンをぎゅっと握り締める。
「ったく。清田から聞いたぞ。アイツの言うことは気にするな」
「で、でも……! 全部ノブの言う通りなんです! わたし、ドジだしトロいし運動神経切れてるし……。さっきだって、わたしが避けられなかったから牧先輩にケガ……させちゃって! 今回は大事には至らなかったけど、次は、ほんとうに取り返しのつかないケガさせちゃうかもしれないし……! そう思うと、すごく怖いんです! だからわたしみたいな鈍臭い子、牧先輩にはふさわしくな……」
言葉の途中で、名前は牧に抱きすくめられた。
驚いて牧の腕から逃れようとする名前を離すまいと、牧の腕に力がこもる。
「ま、まきせんぱ……」
「わかってねえな、お前」
「え?」
「お前はそこがいいんだよ」
「……え?」
「だいたい、お前の鈍くささは今に始まったことじゃないだろ。そこが嫌だったら最初から付き合ったりしないだろうが」
「でも……でも……牧先輩……!」
名前の胸に複雑な感情が渦巻く。
牧に好きだと言ってもらえたのは嬉しい。
今まではそれさえあればいいと思ってた。
でも、その驕りが招いたのが今日の出来事だ。
思えば、牧は名前にいろんなものをくれたが、名前が牧に返せたものなどなにひとつ思い浮かばなかった。
牧からは優しさや幸せや強さやいろいろなものをもらって。
それなのに自分が牧にしたことといえば。
(今日のケガとか、これまでもたくさん苦労かけたりとか……そういうことばっか)
全て牧の負担になることばかりだった。
それじゃあダメだ。ただ一方的に搾取するだけの関係なんて。それで牧の彼女だなんて。
信長の言うとおり、本当に自分には牧のとなりに立つ資格がない。
「ダメなんです……。わたし、牧先輩の邪魔になるだけで……。牧先輩から幸せとかいろんなものをたくさんもらったのに、わたしなんにも返せてなくて、迷惑かけてばっかりで……! 彼女としても、マネージャーとしても、本当に失格。わたし、牧先輩のそばにいる資格なんか……」
「お前は」
牧が名前の言葉を遮るように語調を強めて言う。
「お前はなんにも考えずに俺の隣りで笑ってればいいんだよ」
「――え?」
「お前、なんか勘違いしてるぞ。俺だってお前からいろんなものをもらってる。特に、お前の笑顔は俺の力の源なんだ」
「牧先輩……! ほ、ほんとに……?」
「俺がこんなウソつくわけないだろ? ……まったく、ここまで言わなきゃわかんねえのか。ほんと、お前はしょうがないヤツだな」
牧はそう言うと、優しく名前の頭を撫でてくれた。
顔をあげると牧の優しい瞳と正面からぶつかって、名前の胸にも安堵に似た愛しさが広がっていく。
「うう……牧先輩」
「好きだぜ、名前。俺もこれからはお前を庇ってケガなんてしないようにするから、お前は何も考えずに俺のそばにいろ。な?」
「はい」
素直に頷くと、牧が満足気に微笑んだ。
「よし。いいか、もう二度と俺から離れようとするんじゃねえぞ」
「はい」
「いい子だ。じゃあ部活に戻るか。帰ったら清田殴っていいぞ。俺が許可する」
牧の憮然としたその口調に、名前の表情も思わず緩む。
「ふふ、はい」
「それと、神には気をつけろ」
「神先輩?」
牧の急な話題転換に、名前はきょとんと牧の顔を見つめた。
「なんでですか?」
「なんででもだ。アイツの優しさには全て裏があると思え。いいな」
「? わ、わかりました」
「よし。じゃあ戻るぞ」
言って手を差し伸べてくる牧。
名前は笑顔でその手を取った。
「はい!」
名前は驚いてそちらを振り返る。
「ま、牧先輩……!」
出入り口の近く。名前が今居る場所からは見えづらい位置の下駄箱に、牧はその背を預けて立っていた。
牧は下駄箱に寄りかかっていたからだを起こすと、名前の隣りに立った。
片頬を持ちあげて、ニヒルに微笑む。
「サボりか? 大会も近いってのにいい度胸だな」
「や、辞めましたから」
牧から顔を背けて名前は言った。
牧の顔を見ることができない。今はどうしても辛すぎる。
牧がさらに一歩、名前との距離をつめた。
名前の顔のすぐ横の下駄箱に、牧が肘をつく。
ぐんと縮まった自分と牧との距離に、名前の心臓がどくんと跳ねた。
「俺は受理してないぞ。それとももう、顧問に退部届けでも出したのか?」
「ま、まだ……。先生、いなかったから」
「ふうん。……それで、俺とは別れるって?」
牧のその言葉にびくりと名前のからだが震えた。
ずきんずきんと胸が痛む。
牧の顔が見れなくて、名前は顔を俯かせる。
「だ、だって……。わたし、牧先輩の足手まといになっちゃうから……!」
再び言葉にすると、じわりと涙が浮かんだ。
それが零れ落ちるのを必死で堪えるように、名前は手元のカバンをぎゅっと握り締める。
「ったく。清田から聞いたぞ。アイツの言うことは気にするな」
「で、でも……! 全部ノブの言う通りなんです! わたし、ドジだしトロいし運動神経切れてるし……。さっきだって、わたしが避けられなかったから牧先輩にケガ……させちゃって! 今回は大事には至らなかったけど、次は、ほんとうに取り返しのつかないケガさせちゃうかもしれないし……! そう思うと、すごく怖いんです! だからわたしみたいな鈍臭い子、牧先輩にはふさわしくな……」
言葉の途中で、名前は牧に抱きすくめられた。
驚いて牧の腕から逃れようとする名前を離すまいと、牧の腕に力がこもる。
「ま、まきせんぱ……」
「わかってねえな、お前」
「え?」
「お前はそこがいいんだよ」
「……え?」
「だいたい、お前の鈍くささは今に始まったことじゃないだろ。そこが嫌だったら最初から付き合ったりしないだろうが」
「でも……でも……牧先輩……!」
名前の胸に複雑な感情が渦巻く。
牧に好きだと言ってもらえたのは嬉しい。
今まではそれさえあればいいと思ってた。
でも、その驕りが招いたのが今日の出来事だ。
思えば、牧は名前にいろんなものをくれたが、名前が牧に返せたものなどなにひとつ思い浮かばなかった。
牧からは優しさや幸せや強さやいろいろなものをもらって。
それなのに自分が牧にしたことといえば。
(今日のケガとか、これまでもたくさん苦労かけたりとか……そういうことばっか)
全て牧の負担になることばかりだった。
それじゃあダメだ。ただ一方的に搾取するだけの関係なんて。それで牧の彼女だなんて。
信長の言うとおり、本当に自分には牧のとなりに立つ資格がない。
「ダメなんです……。わたし、牧先輩の邪魔になるだけで……。牧先輩から幸せとかいろんなものをたくさんもらったのに、わたしなんにも返せてなくて、迷惑かけてばっかりで……! 彼女としても、マネージャーとしても、本当に失格。わたし、牧先輩のそばにいる資格なんか……」
「お前は」
牧が名前の言葉を遮るように語調を強めて言う。
「お前はなんにも考えずに俺の隣りで笑ってればいいんだよ」
「――え?」
「お前、なんか勘違いしてるぞ。俺だってお前からいろんなものをもらってる。特に、お前の笑顔は俺の力の源なんだ」
「牧先輩……! ほ、ほんとに……?」
「俺がこんなウソつくわけないだろ? ……まったく、ここまで言わなきゃわかんねえのか。ほんと、お前はしょうがないヤツだな」
牧はそう言うと、優しく名前の頭を撫でてくれた。
顔をあげると牧の優しい瞳と正面からぶつかって、名前の胸にも安堵に似た愛しさが広がっていく。
「うう……牧先輩」
「好きだぜ、名前。俺もこれからはお前を庇ってケガなんてしないようにするから、お前は何も考えずに俺のそばにいろ。な?」
「はい」
素直に頷くと、牧が満足気に微笑んだ。
「よし。いいか、もう二度と俺から離れようとするんじゃねえぞ」
「はい」
「いい子だ。じゃあ部活に戻るか。帰ったら清田殴っていいぞ。俺が許可する」
牧の憮然としたその口調に、名前の表情も思わず緩む。
「ふふ、はい」
「それと、神には気をつけろ」
「神先輩?」
牧の急な話題転換に、名前はきょとんと牧の顔を見つめた。
「なんでですか?」
「なんででもだ。アイツの優しさには全て裏があると思え。いいな」
「? わ、わかりました」
「よし。じゃあ戻るぞ」
言って手を差し伸べてくる牧。
名前は笑顔でその手を取った。
「はい!」
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