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零の復活

 空にやや欠けた月が昇る。
 日中、席を外している間に積まれた書類をやっとの思いで片付けた。幸い、深夜というほど遅くもない。定時上がりが都市伝説と化した世界に生きる私にとっては、十分早い時間に当たる。欲を言えば、伝令神機があるなら事務仕事も電子化して欲しくはあるが。いっそ私は地獄蝶世話係になりたい。

 少しばかり時間に余裕があるならと、私は皆の斬魄刀を取るため寮へ戻ることにした。六日ちゃんがそれとなく伝えてくれると言っていたから、もしかしたら誰かが来てくれるかもしれない。誰も来なかったときは、浮竹隊長に一口預かってもらうのもいいだろう。
 手元に残る刀は太刀二口と打刀、脇差が一口ずつ。四口を抱えて影の中を走る途中、具象化した小夜ちゃんとすれ違ったような気がするが気のせいということにした。召喚時に書いたプロフィールのことなどもう思い出したくない。

 待ち合わせ場所は八番隊隊舎の裏手。着けばそこには京楽隊長の姿があった。酒瓶片手に月を見上げる格好からして、少し待たせてしまったのかもしれない。

「遅くなり申し訳ありません。お待たせしてしまいましたか?」
「いやいや、僕もさっき来たばっかりだから気にしないで」

 決まり文句に淀みはない。待つことにも待たせることにも慣れていそうな彼のことだ。この台詞も使い古しているのだろう。

「あの、僕はお酒はあまり……」
「知ってるよ。だから賀田君の分は軽い果実酒。さて、じゃあちょっと移動しようか。十四郎は別の場所で待たせてるんだ」

 彼が道に選んだのは、隊舎の連なる屋根の上だった。派手な着物を翻し、跳ねるように進む背中を追いかける。
 軽い会話をつなげながら進んでいくと、ほどなくして目当ての人物が大らかに手を振っているのが見えた。しかし、一人ではない。その隣に寄り添う女性がいる。黒髪を後ろでひとつに括り、浮竹隊長よりも溌溂とした笑顔で手を振る女性。
 私は驚きと喜びから目を見開き、京楽隊長を追い抜いてその女性に飛びついた。

「由宇ちゃん! ……じゃなかった由宇さん、もいらっしゃっていたのですね!」
「お久し振りです隊長! 今日は浮竹隊長が誘ってくださったんですよ!」
「賀田くんが来ると聞いてね。昼間はなかなか話せないだろうからと呼んだんだ」

 さすが浮竹隊長。人望の厚い男はひと味違う。京楽隊長もかなりできる男には違いないが、この人はどうも“善”の目で見られることをむずがる節があるから。適当に表面上の評価を落としておかないと尻の座りが悪いのだろう。
 それにしても、だ。

「由宇ちゃんは相変わらず可愛いねえ。どう? 八番隊に来る気はないかい? 七緒ちゃんも喜ぶと思うんだよねえ」
「おいおいもう酔っ払っているのか? 由宇は零番隊の隊士だが、今はれっきとした十三番隊隊士で俺の大切な部下だ。誘うなら他所の奴にしてくれ」
「そんなこと言って、本当は独り占めしたいだけだろう」
「そ、そんなことはない!」

 小さな宴会が始まってすぐ、そんな言い争いを目の前で始められてみろ。口を押さえて震えるゴリラになるしかない。
 何せ夢小説。これぞ夢小説。数多のキャラクターたちが夢主を取り合い押し合いへし合い牽制し合い、しかし渦中の夢主は小首を傾げて笑顔を浮かべ、そんな夢主も可愛いぜと悶えるキャラクターたちという最強の布陣。先人たちはこの最強の布陣をこう呼んだ。“逆ハーレム”と。
 私はここにきてやっと、本懐を果たせたのではないだろうか。私はいいから友人たちがちやほやされているのを見たい、その願いがようやく届いたのだ。由宇ちゃんを取り合う押し問答のなんと心地良いことか。ずっと聞いていたいくらいだ。

「あ、忘れるところでした。由宇さんに斬魄刀をお返ししなくてはと思っていたのです」
「私のたぬき! やっぱり自分の斬魄刀が一番手に馴染みますね。ありがとうございます、隊長!」
「いえいえ」

 さすが愛され主。輝く笑顔に胸が高鳴る。後ろで「やっぱり由宇の隊長はつつおみだけなのか」と沈んだ声がするのがまたなんともいえない高揚感を生む。
 嫌われ夢も死ぬほどたしなんだが、やはり愛され夢は良い文明。我が原点はかくも美しいものである。
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