4話
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
とある地方にお邪魔をした。人里離れた閑静な場所。ある程度、手入れのされた自然。行儀良く茂る木々、ひんやりと水の匂いを含んだ澄んだ風がベールのように身を纏い、すり抜けてゆく。長時間歩いても痛みを伴わないローパンプスは名無しの足取りを軽くし、川沿いを楽しみながらゆるりと進ませた。太陽の光りでキラキラと光る水辺は宝石にも負けず劣らずの輝きを放つ。ふと顔を上げると宿泊先の宿へと到着していた。
「…ついた。」
有給を利用し田舎に旅行へとやってきた。理由?疲れたから。都会も会社もあの悪魔さえも。何もかも。ただ、何も考えたくない時間と言うものを欲したが故の行動。
私は疑わない。
そう、以前の私は疲れていた。あの悪魔に惑わされていた。
最愛の人の存在を疑うような。全ては生前の、転生前のきれいな思い出。無意識にされる脳内再生はBが自身の存在を忘れないように何時も流してくれているもの。おかげで辛くて眠れないのだけど。でもこれは先に死んでしまった私への罰。
これに報いなければならないのだ。取り残してしまうというのは、もはや呪いにも似た代償を支払うべき大罪に等しいと私は思う。そう思える程の愛情。彼の愛情も私の愛情もそれほどまでに重い。だって天使はそういう“慈悲”や“慈愛”に満ちた存在、でしょう?
「すみません。」
自然の中に浮くこと無く聳え立つ旅館。和風の外観にだだっ広い庭。門から玄関先まで石畳が敷かれており、なぞるように進みカラカラと横引きの戸を開け檜の香りに包まれた玄関が出迎えてくれた。一言声をかけるとパタパタと小走りする足音が耳を通り抜け着物を着た女将が姿をあらわした。
「ようこそ、遅れて申し訳ありません。ささ
、こちらへ。」
何処からか女将の後から中居があらわれ荷物を運んでくれた。人気のない館内、レトロな雰囲気が後味を引き出し時代を感じる。何処か落ち着く流行りとは違うこの景色。時の流れが緩かに体感を巡り、振り子時計の音と川のせせらぎ、床を歩くとほんの小さく軋む足音が目的地まで続く。
「こちらです。」
通された部屋は一階にあるシンプルな和室。真新しい畳の上に少し大きめのテーブルと向かい合わせの木製の座椅子。縁側にはこの部屋専用の小さな庭があり実に落ち着きのある孤立した創り。
「静かですね。」
「今ではそれがここの取り柄です。物書きの方などに好まれる場所なんですよ。」
「理想的な環境ですね。」
にこやかに微笑む女将はお茶を淹れてくれた。テーブルに置かれる氷出しの緑茶は喉にすっと通り、食道を通り抜けて胃に辿り着く感覚が体内で感じとれ乾いた喉を潤してくれた。縁側の窓を開けるとエアコンもいらぬ程、爽やかな風が通り抜け風情さえ感じる程だ。
「来て良かった。」
ここだけ時間が止まっているみたい。木洩れ日から照らされる足元。足を動かすと影が飛びたり縮んだりするこのつまらなささえ今は癒やしなのだ。
「地上も悪くないかもよ、B。」
ごみごみしていない此処なら貴方もきっと激務で疲れた身体を休ませる事が出来るでしょう。
「なんて、おりて来ないか。」
儚く散る夢物語を口にし虚無が頭の天辺から足の爪先をじわりと包み込む。会いたいだけなのに何故こんなにも重く苦しいのだろう。
一度思った、死ねばまた会えますかの言葉が蘇る。
「……」
擦るように砂利を鳴らし専用庭に設置された竹垣の扉を開け、外へと通ずる道を進む。から笑いが溢れ、注意書きが施されたアーチ状の木製の橋へと辿り着く。カツカツと橋の真ん中に立つ。
「願うだけでは駄目なのよね。」
ここは深い。きっと私を転生させるきっかけをくれる場所だと思う。
ぎぃっと撓る橋の板が音。横を向けばニタリと笑った悪魔が居た。
「癒やされに来たんじゃないんですか?」
重い頭を動かし悪魔を見つめた。この声と入れ立ち。間違えじゃない。ブラックだ。
「…何で来たの。」
「独りにすると思ったんですか?」
「全然、契約全うしてくれないじゃない。この道を選ぶほかないわ。」
「短い人生、自分から幕を閉じる必要なんてあるんですか?」
それに
「期間なんて設けた覚えありませんし。」
「辛くないようにするって、言ったじゃない。」
それは勿論。
「約束なので守りますよ。ここ、中々深いですよね。」
貴女は言っても聞かない人ですから
「一緒に飛び込みますか?」
身軽に浮くように飛んだと思ったら橋の上へと革靴の先を鳴らすようにして立ち、両手を広げバランスを取り、くるりと回ってこちらにしゃがみ込んだ。目線を上げ、ブラックと目を合わせる。不敵に溢れている笑み。その表情を見て伝うのは冷や汗。力強く握られた名無しの腕は無抵抗そのもので体重をかけ、背中からグイッと橋の下へと引き摺り込むようにして落下するブラック。人形をした重りをつけ大きな水しぶきを上げ派手に沈んでゆく。
「っ…!」
嗚呼、本当だ、私の身長なんかよりも遥かに深い。無意識に藻掻き苦しむ体は酸素を求め握られた手を振り払おうとじたばたとする。だが、離されない。どんどんと沈んでゆく。ゴポゴポと口の端から酸素が漏れ出す。水泡は私の目指す水面へと向かい上へとあがる。
「っ…っ………っ。」
もう駄目だ。遠のく意識は徐々に身体の力が抜けてゆき死へと近づく準備に入る。
「(B……生きるの辛いね)」
でも、死ぬのも同じぐらい辛いのね。
最後に過る考えがこれなんて。
「死なすわけないでしょう。」
水面を揺らし引き上げられる身体。波打っていないクリアな視界。酸素にありつけた呼吸器が活動を再開する。
「あらら。」
だからといってすぐ様、元気になるなんて事はなく、ありがちな展開を王道のように駆け意識を手放した。その様子をみた悪魔は改めて人間の脆さに触れた。
「これでもう、馬鹿な真似は金輪際しないでしょう。さぁ、戻りますか。」
水を含んで重くなったお互いの体。そんなもの諸共せず、急いで宿まで飛び立つ。
「……。」
気怠さが全身を駆け巡る。プール後の疲労感のような、いや、それをも凌駕するほどの怠さ。上半身を起こすだけの動作が普段の何倍と大変でまるで重りをつけたの様だ。縁側に設置された椅子へと腰掛けパタンとノートパソコンを閉じた悪魔がこちらへと振り向いた。
「ぁ…っ…。」
水が滴り、手のひらで前髪をかきあげ、額を露出した髪型。そのオールバックの風貌に重なる面影。本人と認識せざるおえない。開いた口が塞がらない程の驚愕に喉の奥から締まるようにして変な声が漏れた。
「B…ぃっ…っ…」
「オレちゃん、の名前は呼んでくれない訳ですかァ。」
「ぁ……ブラック、よね。」
「命の恩人を後回しにするなんて。」
「引きずり込んだじゃん。」
恩着せがましい物言いにカチンと来るが今の彼の風貌に嫌悪感や拒絶反応は見られない。這いずるように身体を動かすとブラックが立ち上がりそっと肩を抱いてくれた。体重をかけ、身体を預ける。
「会えた…。」
本音が声となり出た。Bだ。黒いけど彼はBだ。彼に寄った見た目は私の心を満たした。彼の乾いた服を弱々しく握りしめホロリと涙が溢れた。
「なるほど、これは…。」
同一人物なのだが彼女の目にはそう思えぬらしい。過去を連想させる見た目。それに安堵した様子。執着とは怖いものだと改めて理解した。そしてこんな単純な物なのだと。だが、これは彼女に気づかせる為の好機。
「こんな事で良いわけですか。」
「…そっくり。」
「だから本人なんですって。」
「より似た。」
所々、似た所はあった。だが、どこか重なる材料が少なくて不意に違うという現実に引き戻された。だが、今の見た目ならば。
「しばらくこのままで居ましょうか?」
この見た目のまま。その言葉に肩がぴくりと跳ね上がりブラックと思わず目線を合わせた。吸い込まれそうな丸い瞳。その目をきゅっと細め彼女の髪に指先を絡め提案をした。
「いいの?」
「ええ。お安い御用です。」
柔らかく微笑むブラック。その表情はまるで黒い天使のようだった。
-続-
1/1ページ