第1章
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「重てえな、ちくしょう」
見知らぬ少女を背中に寝かせ、裏路地を後にする。後ろには醜い呻き声を上げて横たわる男どもの数々。
皆、苦痛に顔を歪め、中には息絶える者もいた。
それを鼻で笑い、少女とぶつかった時に落ちた煙草を銜え直す。
それは少し湿っていて美味しくなかった。
俺―次元 大介―は帽子を深く被り直し、手でクルクルと回していたマグナムを綺麗に腰へ収めた。
さて、コイツをどうしようか。
俺の背中でグッタリと気を失っている見知らぬ少女を。
思わずでかい溜息をつき、顎の髭を手でなで下ろした。
ただ煙草を吸いに外へ出ただけなのにどうしてこんなことに巻き込まれるんだと感じる。
少女が撃たれた脇腹からは地面に染みを作るほど鮮血が流れ出ていた。
こりゃ出血がやべえな。あーぁ、しょうがねえ。
少し歩みを早めて先程とは違う裏路地へとスラリと入り込み、曲がりくねった道を俺は難なく進む。
俺の背中で気を失っている少女は、軽かった。重い、と呟いたのはただの皮肉。
日頃の苦労と疲れが溜まって、何となく愚痴ってみただけだ。
片手で背中の少女を支え、もう片方で帽子を飛ばぬよう抑える。
足だけ軽快に動いている俺は、おかしな奴だと思えて仕方がなかった。
もうすぐ吸い終わる煙草を道の下水に吐き捨て、錆びれた螺旋階段に足をかける。
リズムよくポンポンと登っていけば、階段の錆びた部分がパラパラと下に落ちた。
ここは今の俺たちのアジト。中央ギリシャ地方にある小さな街の淋しいアパート。
住民は俺たちしかいない。そのボロアパートの扉を思い切り蹴り破る。
すれば外の空気よりも蒸し暑い空気が俺を迎えた。
そして玄関までに続く、色々な設計や見取り図が書かれた紙の数々。
ったく、相変わらずだな。もうちと片付けろよ。
それを律儀に避けて、奴の元へと行く。
「おっ、次元ちゃ~ん。おかえりなっさーい」
小さい電球の下で機械いじりをしているルパンは、目も離さないでおどけた様に手をヒラヒラと振った。
ルパンは俺の相棒でもあり、腐れ縁でもある女好き猿顔野郎。
だが仕事の腕は確かで、たまにヘマもするが唯一信頼できる仕事仲間の一人でもあった。
そのルパンは器用にも足でうちわと扇風機の両方を扱っていた。パンツ一丁で。
額には滲み出る汗。しかし鼻歌を歌いつつも、ひどく集中しているように思えた。
とにかくルパンは置いといて、少女を治療するための道具を漁る。
消毒液と包帯しかねえや。まあ無いよりましか。不二子は・・・。
グルリと部屋を見渡すが、俺に背を向けて一生懸命に機械へ取り込んでいる奴以外の気配はなかった。
はあ、やっぱり俺がやるしかねえのか。気が引けるぜ。
俺は連れて帰った少女をドサリと汚れたソファへ移せばそれでやっとの事、奴は振り返る。
へ?と口ずさみ、ルパンはわざとらしく口をあんぐりと開けて顎に手をやる。
そして俺と少女を交互に見て間の抜けた声を出した。
「じじじじじ、次元ちゃぁん!?誰だあ?その子!」
「知らねえ」
相手にするのが面倒臭いから俺は適当に答える。知らねえもんは知らねえし。
少女の脇腹の服を裂いて、傍にあった水の入っているペットボトルで少し洗い流す。
そしてそのまま消毒液をぶっかけて包帯を丸々使い切る。
血が出ていた割に傷が浅かったから良かったぜ。
ルパンはオロオロと心配そうな顔で少女を覗き込んでいた。
本当にどうしちまったんだよ、そんなルパンの声に俺は今まであった全てを話す。
時折、冷蔵庫にあった缶ビールを飲みながら。
全て話終わると、ルパンはポツリとどうして追われていたんだろうな、と言葉を漏らした。
さあな、と俺が呟けばルパンはちらりと少女を見て作業に戻っていった。
まあ流石のルパンもこんな乳臭いガキには反応しねえか。
少女を見れば、夏だけれども何だか寒そうに見えて俺は自分のジャケットを脱ぎ、
埃―火薬―を払ってから少女へと掛けた。顔色も良いようでひとまず安心する。
少女が寝ているソファに俺ももたれ掛かり、帽子を被り直し、既に生ぬるくなったビールを口に含んだ。
「ルッパ~ン!相談があるんだけど~!!」
ドガンッ!と扉の蹴破る音がし、散らばっている紙を問答無用で踏みつけこちらにやってきた女がいた。
峰不二子。来るならもうちょい早く来いよと俺は舌打ちをした。
ルパンは不二子に敏感で。すぐ飛び起きて不二子の元へすたこらさっさと向かう。
「ふ~じこちゃぁ~ん!会いたかったよぉぉおんッ!」
不二子の元へ飛び込もうとするルパンに、彼女は容赦なく持っていたハンドバッグを振り下ろした。
ものすごい音がしてルパンが吹っ飛び、壁にめり込んだ。あの鞄の中になにが入っているのやら。
不二子は不機嫌そうに溜息をつくと俺の方をちらりと見やがった。
そして俺の後ろにいるものに目を見開き口を抑える。
「あらっ!?え、うそ~っ!誰よ、その子!!」
可愛い!!と叫び、不二子がこちらへ飛んでくると俺は押し出される感じで、床に転がった。
ルパンがアイテテとやってくる頃には不二子は少女に夢中だった。
少女は今もなお、気を失って眠り続けていた。
「ちょっとルパンッ!本当にどうしちゃったのよこの子!」
「次元のお持ち帰りさ。珍しいよなぁ!ニシシッ」
「おい、ルパン。下品な笑いしてんじゃねえ」
「でもぉ、この子が起きたらどうするのよ次元」
不二子が俺を怪訝そうな顔で覗き見る。
どうするって、そりゃあ・・・。さようならだろ?
それを言うと不二子はそうねと頷いたが、ルパンは難しそうな顔をしていた。
そんなルパンを見て不二子はハッとしたように、奴の胸ぐらを掴む。
「そうっ!私はルパンにお宝の相談をしに来たのよッ!」
「おほぉう!ナイスタイミングだぜ不二子!俺も目ぇつけてるもんがあってな」
勝手にやってろ。
俺はそう言って帽子を顔の上に乗せ、腕を頭の後ろで組んで寝る体勢へと入った。
やいやいと聞こえるルパンと不二子の声。
ルパンと仕事をするのは良いが、あの女と一緒にやるのは気に食わねえ。
絶対にまた獲物を横取りされるに決まってら。
ルパンもいい加減、学習してもいいんじゃねえのか。
そんな事をグチグチ頭の中で混んがらせながら、徐々に眠りについていくのが分かった。
うとうと。うとうと。
しかし、そんな俺の眠りを妨げる甲高い声が頭を劈いた。
「きゃーぁああ!!さっすがルパァン!!」
「だろぅ!もう不二子のためならなんのそのぉっつてなぁ!」
「おい・・・うるせーぞ」
俺が頭を掻きながらガバリと起きれば、ルパンはごめんちゃい、と舌を出す。
別に可愛くねーっての。ぼやけた頭を覚ますように頭を振れば、視界もハッキリとしてくる。
そして、不二子の持っている薄っぺらい紙に目を止めた。
「おい、不二子。なんだそれは」
「これぇ?これはねっ・・・」
「とある家紋のタトゥーさっ!」
身体に刻まれているタトゥーの写真を突きつけれて、俺は思わず目を細めてまじまじと見た。
真ん中には鋭利な錨。そしてその錨に突き刺さる魚。周りには水泡が刻み込まれていた。
青、水色、紺で施されたタトゥーはなんとも鮮やかで綺麗で、目が離せなくなった。
で、これが?と俺が呟けば、ルパンは顔をニンマリとさせて、大きな声で叫んだ。
「これが、今度のお宝のゲットにとぉぉっても重要なものなのよぉん!!ンヌフフッ」
「んッ・・・あ」
聞きなれない声がして、俺たちは咄嗟にソファへ目線が釘付けになった。
そこには起き上がった少女の姿があって。見開いた少女の瞳には確かに俺たちが写っていた。
少女の瞳は何処かで見たことのある色。ああ、そりゃそうだ。だってこの色は・・・。
肩紐の外れた少女の膨らんだ左胸の上部に見え隠れものータトゥーーと同じ色彩なのだから。
少女は俺のジャケットをしっかりと握り絞め、周りをゆっくり見渡すと首をかしげる。
俺たちは驚きで声が出せないでいた。もちろんあのルパンも。
面白そうな顔をして固まってやがる。きっと、好奇心、探求心が擽られている証。
不二子は不二子で、可愛いとポツリと呟いて頬に手を当て、目を輝かせていた。
どうなってんだこりゃ。俺も驚きで声なんて出やしねえ。
少女ー彼女ーはフワリと広がった髪をくしゃりと乱して、小さな口から言葉を漏らした。
「あ、の。ここ、どこですか・・・?」
歌っているように滑らかに響く彼女の声は、小さくても俺たちの耳に確かに届いた。
面白いことになってきやがった。そうルパンはパンツ一丁で決めながら呟いた。
俺は缶ビールをクシャリと潰した。
第1章 END 2014/2/3