オートフィクション

27 カマキリ

2019/07/23 17:44
子どもがいるんだよ。

やっとそう言えたのは、彼が私のブラ紐に手をかけ右肩からずり下ろしたときだった。薄手のパットと皮膚の隙間から見えている色の濃くなった乳首が、この場の空気と私の心情に反してキリリと膨らんでいく。

「な、は?」

驚いたとか、え嘘だろ、とかそういう言葉すら出てこないのか、彼は固まったままゆっくりと視線を私のお腹に降ろした。

「5ヶ月なの。一応安定期だけど、ゆっくり突いてくれないかな?」

彼の眉があからさまな程八の字に垂れた。小刻みに震える唇が、何度かパクパクと開閉する。私は挑むように、「安定期だから大丈夫だよ」と、彼にとってはまだ安全日の方が馴染みがありそうな、得体の知れない安定期という言葉を繰り返した。うっ、と息も出来ないほど狼狽えているのが手に取るように分かる。私は口角が上がらないように意識しながら、「どうしたの?」と、本人の気持ちとは反対に勃起したままの彼のペニスを弾いた。

「っやめよう」
「え何で?」
「いや、俺妊婦さんとは無理だよ」

あぁっ、とその場に崩れ落ちそうになる。それだっ、その言葉だ!!!!!私は一気に興奮に飲まれた。妊婦さんとは無理。その言葉。私が何よりも欲しかった言葉。私がブチ切れてもいい免罪符的な最高の言葉!!

「妊婦は無理って酷くない?」

だめだ。ニヤニヤしてしまう。ニヤニヤしちゃダメなのに、私はもう自分を抑えられない。

「ごめん、でも良くないだろ?」
「なにが?」
「もし何かあったら」
「だから安定期入ってるつってんだろ」
「いやでももしも」
「安定期っていつからか知ってる?どういう期間か知ってる?妊娠初期と何が違うか知ってる?」
「や、俺」
「知りもしねぇのに無理とか言ってんじゃねぇよてめぇさっきまでちんこ勃ててたくせに無理とか言いながら今も半勃ちのくせに私を怖がってんじゃねぇよクソかよてめぇ」

彼が何か言う前に私はその両肩に手をかけ思いっきり飛びかかった。彼の体は簡単に後ろに倒れ、ベッドの淵を越え、床に落ちた。痛がる声が聞こえて、若干抵抗されたけど構わずその顔に馬乗りになり、自分の股を彼の鼻に押し付ける。凶悪しかない。今の私は凶悪そのものだ。もしも私がカマキリなら、彼が子どもの養分になり得るなら、このまま膣で彼を飲み込んでやるのに。

彼は大学生の男の子だった。20歳の若い男の子。私の股間の間で苦しげに眉をひそめている。不意にその眉見慣れた眉に変わった。夫だ。こいつ、、、。私はぎょっとして夫の顔から飛び退いた。

「やめよう」

夫は起き上がると、静かにそう言った。は?と返しつつ、ニヤニヤしてしまう。ニヤニヤしながら顔をゆがめた。胸の奥が痛い。顔が熱い。ぐわんぐわんと耳鳴りが始まる。私はおかしい。ドコッと腹に衝撃が走った。子どもが何かを訴えている。でもなんなのか分からない。

「セックスのことばかり考えすぎだよ。子どもが生まれて、ちゃんと落ち着いてからしよう」

は?と言いながら立ち上がる。でも立てない。いや、立ってはいるけどいつも通りに立っていない。下を見ると、膨らんだ腹の下に長く細い足が何本も生えていた。小枝よりも細く硬そうな足、小さな関節。私は下半身だけカマキリになっていた。なだらかに膨らんだ細長い腹が、ボコッと内側から一瞬だけ膨らんだ。

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