オートフィクション

25 双頭ディルド

2020/06/28 22:11
マヤの彼氏が女の体を持っている男だと知ったとき、興味は湧いても不思議と違和感はなかった。そんなことよりも、やっとロクデナシ達から離れられたマヤに私は心底ほっとしたし、むしろ今まで色々長かったなぁ.......と一種の感動さえ覚えた。「まじかおめでとーっ!」と軽いテンションで返すと、「ありがとう。てか軽っ。黒川さん女の人なんだよ?」と言いつつ、照れたように笑うマヤが可愛く思えてくる。


マヤの恋愛パターンは毎回決まっていて、旦那と別れて以降付き合った男はみんなキャバクラの客だった。まず、セックスする→付き合う→貢がせる→同棲する→喧嘩する→DVを受ける→他の男の元へ逃げて別れる→元彼が追いかけてくる→警察沙汰になるという、笑えるようで笑えない流れで、これを3人繰り返した。しかも、全ての男が別れ際に貢いだアクセサリーやバッグ、同棲するときの引っ越し代、入居費、生活費、買い揃えた家具代を請求してくるせこい奴ばかりで、マヤは新しい男の元へ転がり込むたび、借金が雪だるま式に増えていった。

そして、そんなマヤを哀れに思い、再び新しい男が生活費からマヤの欲しいものから全て面倒を見る。だから、マヤは借金まみれだけど、毎回必ずブランド物のバックを持っていたり、タバコがiQOSに変わっていたり、車が変わったりしていた。

「黒川さん、めっちゃ優しくてさ。この人となら上手くやって行けるかもって、初めて思えたんだよね」
「それ毎回言うね」
「は?」
「毎回付き合い始めの頃は、この人になら中出しされてもいいと思えたとか、この人となら結婚してもいいと思えたとか、そんなこと行ってない?」
「言ってねーし」
「言ってるし」

マヤは爆笑して私の腕をはたいた。

「ユイは、あたしの彼氏が女でも気にしないの?」
「別に。だって私BL好きだしさ」

私は、自分がバイであることをマヤに言っていなかった。マヤとは高校からの付き合いで、大好きな友達だったけれど、なんとなく今まで言わずにきた。多分、これからも言わない。

「あー、2次元ね」
「マヤも一回2次元ハマってみて。最高だよ」
「ないわ。だってえっち出来ないじゃん」
「出来るよ」
「いや出来ないだろ」
「頭の中で毎日好きな男とヤりまくりだよ?」
「無理。無理無理。私ユイと違ってオナニーしないからさ。えっち好きっていうか、ちんこが好きだし。ちんこ舐めんの好きー」

マヤが、毎度お決まりの恋愛パターンから脱却できるなら、この際黒川さんが女でもどうでもいいというのが本音だった。もういい加減、泣きながらかかってくるマヤの電話を夜中にとるのもうんざりしていた。ほんとお前何回同じこと繰り返すわけ?暴力も金銭トラブルもない恋愛しろ。毎回運命を感じるな。つーか、もう男を求めるのやめろ。と、私の本音はこんな感じで、だけど毎回それは言いきらずにいて、電話越しにえぐえぐ泣くマヤの話を、砂浜に打ち上げられた魚を道路の向こうの歩道からじっと見ているしか出来ないような焦燥感に苛まれながら聞いていた。

そうだ。いつからか、マヤが傷ついて泣きながら電話してくるたび、私はそういう魚の姿を頭に思い描くようになった。死にかけの魚はグロテスクで、だけど開いたままの目だとか、ギラギラてらてら光る胴体だとか、パク.......パク.......と開閉する口とエラだとか、そういうものには、見ずには居られないような不思議な魅力がある。それがまさに、今にも力尽きようとしている生命の最後のあがきだと思うと余計に魅入る。

私は、マヤのことも同じようにグロテスクで魅力的だと思っているのだろうか。だったら明らかに友達失格だし、そんなことを考える自分は最低だと思う。

「黒川さんに会わせてよ」
「えー、黒川さん人見知りだからさぁ」
「マヤと一緒じゃん」
「なんで?私人見知り?」
「じゃない?初めて会う人と話さないじゃん」
「あー確かに。でもさぁ、なんか黒川さんとは初対面でも話せたんだよね」

付き合った男に毎回暴力を振るわれるマヤを毎回救うのは、友達ではなく、まともな男でもなく、傷ついてボロボロになったマヤを優しく受け入れ歪な情を与える金とちんこを持った男だった。「マヤの恋愛に巻き込まれるのはもういい」と言って、彼女から離れた共通の友達もいる。私もそう思うことがある。実際、もうウンザリしている部分もある。でも、私は同じことを毎回初心に帰って繰り返すマヤに妙な魅力を感じている。マヤの人生をこれから先も見ていたいと思っている。マヤのことを助けたい。でも、マヤの破天荒な人生は面白い。

今回は、体は女で性指向が女性に向いている人だ。今までとは違うのかもしれない。.......どうだろう?私には、この先の展開を想像するのは難しい。

「ねーユイ、黒川さんちんこないんだよ」

ぽつりとそんな言葉が聞こえてくる。

「ディルド買えば」

即答する。「はー?買わねぇし」と笑うマヤに、私は双頭ディルドの説明をするため、携帯でSafariを開いた。

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