4.点火


早く一本吸って戻ろう。

内ポケットから取り出し煙草を咥えると、ライターで火をつける。


カチッ カチッ


こんな時に限って、何度やっても火がつかない。なんて日だ。


一人あたふたしていると、煙草を咥えた大野さんがすぐ側にいて。

”あの日”をまた急に思い出して、身動きが取れない。


「つかないのか?」

「あ…はい」

「ふふ…そのまま煙草、咥えてろよ?」


言ってる意味がわからずにいると、大野さんの顔がみるみる近づいてくる。


「吸って」


言われるがままにすると、大野さんの煙草の先端が一段と紅く色づき、俺の煙草の先端に火をともした。


「ふふ…ついたな」


至近距離で嬉しそうに笑う大野さんに、迂闊にもギュンと胸を締めつけられた…



そのまま立ち上がり、煙草を消して扉へと向かうと、ポケットから何かを取り出して俺に投げて寄越した。

満足げに笑いながら「じゃあな」と喫煙所を出て行く大野さんを、呆然と見送る。


「…持ってるなら普通に貸してよ」




ライターの中を泳ぐ黄色い魚が、手のひらの上で揺れていた。


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