刹那
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私設武装組織の夜は静かだ。とはいえ、暗黒の宇宙に昼と夜の違いはない。確かな根拠に基づき設計された適切な生活リズムに則って艦内が消灯される時間を強いて夜と呼ぶ。離れていても届くほどの光を放つ太陽が、今だけ月の代わりを果たすのだ。
厨房の静寂を破ったのは小さな鼻歌。
なまえは戸棚から冷蔵庫まで余剰物資を見て回っていた。人目を憚って動く艦の中に積み込まれる食料の基準として、最低限必要な量かは重要視される。
娯楽でつまむような菓子の類はそう多くない。が、各々が自由に飲み食いしたところで不足して困るほど少なくもない。
補充も近いタイミングにひとつ食べたところで誰も咎めやしないであろう何かはいくつか見つかったものの、しかしいずれにも食指が動かなかった。
見つけた物を元に戻して思案する彼女の耳に足音が届く。
「なまえ」
振り返るのと同時に名前を口にしたのは刹那・F・セイエイだった。この時間に見かけることのない人物を探せばかなり上位に入ってくるであろう青年は、「何をしている」と続けた。
「目が覚めたら小腹が空いて、何かないか探しに来た」
滑稽な所を見られた気恥しさで動揺する。知り合いが深夜にためらいもなく夜食を探しに来た場合、彼はどちらかといえばやんわり止めるタイプなのではないかという推測が彼女の脳裏に浮かんだ。
「そうか」
そんな予想に反して当の本人は止めるでも促すでもなくただ頷くと、彼女の横をすり抜ければ先程までのなまえと同じように冷蔵庫を開け、ぼんやりと視線を揺らす。清廉潔白な印象とまでは言わないが、刹那でも真夜中に冷蔵庫を漁ったりするんだ、と妙な親近感が湧いた。
成人男性なりの食欲があるのは道理だが彼女の目には、お腹がすいて困る、というより、なんだか落ち着かない、という風に映る。
「刹那」
顔を向けて目線だけで何だ?と返事をしてくる。彼は無口というより目で語る人なのではないか、近頃はそう思えて仕方がなかった。
「何か食べたいの?」
「……いや……」
閉めた冷蔵庫を前に、それきり彼は黙り込んだ。悩んでいると解釈した方が正しいか。お互いなんとなく食堂まで来たのに、なんとなくどれも胃に入らないのだとしたら、彼女たちは何の為に目が覚めてしまったのだろう?
「中途覚醒でこの後寝るつもりなら私に提案があるんだけど、聞いてくれる?」
顔を上げた刹那の瞼が、不思議そうに瞬いた。
*
「はいどうぞ。まだ熱いから気を付けてね」
「感謝する」
宇宙食として粉ミルクが実用化されたのはずっと前のことだ。無重力用パッケージのままでは飲みづらいので鋏で開けてカップに移しお湯で溶かして提供した。流石に無重力下対応の食料備蓄を勝手に開けるのはよろしくない気もするが、彼が深夜に食堂に来ることは稀なのでプチ贅沢として多目に見てほしい限りである。なまえは誰に向けるでもない言い訳を心中で繰り返した。
真夜中、二人、手動で点けた半端な照明の中、ホットミルクをちびちび飲んで眠気が来るのを待っている。
窓の外を眺めていると、刹那が口を開いた。
「前にもこんな事があった」
懐かしむような語り口に耳を傾ける。
「その日集合に遅れた俺に、ミルクを一杯奢った男がいた。俺がまだ未成年だったという面でも、彼なりの気遣いだったんだろう。⋯⋯その事に気が付いたのは、半分程飲み終えてからだったが」
その男に全くの心当たりがないでもなかった。比較的ロックオンを連想させるその振る舞いを聞けば、ああやはりその人なのだろう、と腑に落ちていく。彼女にとっては書面上でしか知らない人物だとしても。
よく喋る刹那はなまえにとって殊更珍しく思えた。外の景色も相まって、この空間だけ時が止まったみたいに錯覚する。口にするミルクの甘さが現実感を奪い、何の責任もない夢の中へ連れていかれるようでもある。
「……温かくて、うまい」
饒舌になったかと思えば感想を残して再び沈黙した刹那に「それは良かった」とにこやかに微笑んでみせれば、静かながら場の空気が綻んでいく。
なまえはあずかり知らぬ事だが、刹那はこの夜に自身が何を探して艦内をうろついていたのか理解しつつあった。なんでもいい、取り留めのない話を、誰かに聞いてもらいたかったのだ。内心で結論付けると、カップを傾けてまた一口飲み込んだ。
暫し、同じ星を眺める。
なまえが温くなったミルクを飲み終えると、先に飲み切った刹那が空の容器を持って行って片付けた。なまえが自分で片そうとしたのを一旦止めてまで。
刹那なりの気遣いだった。
自動洗浄から乾燥を終えた食器を戻して証拠隠滅を図るまでの間に、二人は何度も欠伸を我慢する羽目になった。
「なまえ」
「うん?」
「ありがとう」
「どういたしまして」
視界の端で刹那がやさしく笑った気配がした。
「今の俺が言うのも何だが、身体への影響を省みるに深夜の間食は推奨できない」
かと思えば真面目にやんわり止められてしまう。普段こそこそ食堂に現れては結構がっつり食べてたのも見透かされているのではないかと、なまえはなんだかいたたまれなくなる。
「睡眠に問題があるようなら、医務室で相談するべきだ」
「はい……」
至極真っ当な意見を前に打ちのめされたような返答しかできないなまえに、続けて「それでも」と語りかける。
「それでも目が覚めてしまい、眠れないと感じたら、俺の個人端末宛てに連絡するといい」
なまえは呆気にとられ、無意識に「なぜ」と聞き返していた。言葉を選んでいるから時間をかけて喋っているのではなく、彼も眠くて動作がゆるやかになっているだけなのではないか。そう思わせるほど緩慢でありながらも、確かに言葉を紡ぐ。
「お前が俺の話を聞いていたように、お前が何かを話しかけてくれるなら聞かせてほしい」
俺でよければだが、と付け足したBの眼差しはまっすぐだ。着信で起こしてまでそのようなことをさせるのは忍びなくてできそうもないが、ただ誰かに頼るべき時はあり、なんでもない話を聞いてくれる誰かがいるのは、それだけで何よりも心強く胸に響くものである。
「うん。ありがとう、刹那」
「ああ」
とにかく言わんとする内容が伝わったことに安堵した刹那を、一際強い睡魔が襲った。
明かりを消して部屋に戻る途中、おやすみなさいを言い合って別れた。
それぞれが部屋に戻って手短に寝る用意を済ませれば、何事も無かったようにベッドに潜るのだ。
寝具に身を沈ませれば、意識はずっしりと重く深くまで落ちていき、そして、きっと夢の続きを見る。
願わくば貴方もまたそうでありますように、と。
厨房の静寂を破ったのは小さな鼻歌。
なまえは戸棚から冷蔵庫まで余剰物資を見て回っていた。人目を憚って動く艦の中に積み込まれる食料の基準として、最低限必要な量かは重要視される。
娯楽でつまむような菓子の類はそう多くない。が、各々が自由に飲み食いしたところで不足して困るほど少なくもない。
補充も近いタイミングにひとつ食べたところで誰も咎めやしないであろう何かはいくつか見つかったものの、しかしいずれにも食指が動かなかった。
見つけた物を元に戻して思案する彼女の耳に足音が届く。
「なまえ」
振り返るのと同時に名前を口にしたのは刹那・F・セイエイだった。この時間に見かけることのない人物を探せばかなり上位に入ってくるであろう青年は、「何をしている」と続けた。
「目が覚めたら小腹が空いて、何かないか探しに来た」
滑稽な所を見られた気恥しさで動揺する。知り合いが深夜にためらいもなく夜食を探しに来た場合、彼はどちらかといえばやんわり止めるタイプなのではないかという推測が彼女の脳裏に浮かんだ。
「そうか」
そんな予想に反して当の本人は止めるでも促すでもなくただ頷くと、彼女の横をすり抜ければ先程までのなまえと同じように冷蔵庫を開け、ぼんやりと視線を揺らす。清廉潔白な印象とまでは言わないが、刹那でも真夜中に冷蔵庫を漁ったりするんだ、と妙な親近感が湧いた。
成人男性なりの食欲があるのは道理だが彼女の目には、お腹がすいて困る、というより、なんだか落ち着かない、という風に映る。
「刹那」
顔を向けて目線だけで何だ?と返事をしてくる。彼は無口というより目で語る人なのではないか、近頃はそう思えて仕方がなかった。
「何か食べたいの?」
「……いや……」
閉めた冷蔵庫を前に、それきり彼は黙り込んだ。悩んでいると解釈した方が正しいか。お互いなんとなく食堂まで来たのに、なんとなくどれも胃に入らないのだとしたら、彼女たちは何の為に目が覚めてしまったのだろう?
「中途覚醒でこの後寝るつもりなら私に提案があるんだけど、聞いてくれる?」
顔を上げた刹那の瞼が、不思議そうに瞬いた。
*
「はいどうぞ。まだ熱いから気を付けてね」
「感謝する」
宇宙食として粉ミルクが実用化されたのはずっと前のことだ。無重力用パッケージのままでは飲みづらいので鋏で開けてカップに移しお湯で溶かして提供した。流石に無重力下対応の食料備蓄を勝手に開けるのはよろしくない気もするが、彼が深夜に食堂に来ることは稀なのでプチ贅沢として多目に見てほしい限りである。なまえは誰に向けるでもない言い訳を心中で繰り返した。
真夜中、二人、手動で点けた半端な照明の中、ホットミルクをちびちび飲んで眠気が来るのを待っている。
窓の外を眺めていると、刹那が口を開いた。
「前にもこんな事があった」
懐かしむような語り口に耳を傾ける。
「その日集合に遅れた俺に、ミルクを一杯奢った男がいた。俺がまだ未成年だったという面でも、彼なりの気遣いだったんだろう。⋯⋯その事に気が付いたのは、半分程飲み終えてからだったが」
その男に全くの心当たりがないでもなかった。比較的ロックオンを連想させるその振る舞いを聞けば、ああやはりその人なのだろう、と腑に落ちていく。彼女にとっては書面上でしか知らない人物だとしても。
よく喋る刹那はなまえにとって殊更珍しく思えた。外の景色も相まって、この空間だけ時が止まったみたいに錯覚する。口にするミルクの甘さが現実感を奪い、何の責任もない夢の中へ連れていかれるようでもある。
「……温かくて、うまい」
饒舌になったかと思えば感想を残して再び沈黙した刹那に「それは良かった」とにこやかに微笑んでみせれば、静かながら場の空気が綻んでいく。
なまえはあずかり知らぬ事だが、刹那はこの夜に自身が何を探して艦内をうろついていたのか理解しつつあった。なんでもいい、取り留めのない話を、誰かに聞いてもらいたかったのだ。内心で結論付けると、カップを傾けてまた一口飲み込んだ。
暫し、同じ星を眺める。
なまえが温くなったミルクを飲み終えると、先に飲み切った刹那が空の容器を持って行って片付けた。なまえが自分で片そうとしたのを一旦止めてまで。
刹那なりの気遣いだった。
自動洗浄から乾燥を終えた食器を戻して証拠隠滅を図るまでの間に、二人は何度も欠伸を我慢する羽目になった。
「なまえ」
「うん?」
「ありがとう」
「どういたしまして」
視界の端で刹那がやさしく笑った気配がした。
「今の俺が言うのも何だが、身体への影響を省みるに深夜の間食は推奨できない」
かと思えば真面目にやんわり止められてしまう。普段こそこそ食堂に現れては結構がっつり食べてたのも見透かされているのではないかと、なまえはなんだかいたたまれなくなる。
「睡眠に問題があるようなら、医務室で相談するべきだ」
「はい……」
至極真っ当な意見を前に打ちのめされたような返答しかできないなまえに、続けて「それでも」と語りかける。
「それでも目が覚めてしまい、眠れないと感じたら、俺の個人端末宛てに連絡するといい」
なまえは呆気にとられ、無意識に「なぜ」と聞き返していた。言葉を選んでいるから時間をかけて喋っているのではなく、彼も眠くて動作がゆるやかになっているだけなのではないか。そう思わせるほど緩慢でありながらも、確かに言葉を紡ぐ。
「お前が俺の話を聞いていたように、お前が何かを話しかけてくれるなら聞かせてほしい」
俺でよければだが、と付け足したBの眼差しはまっすぐだ。着信で起こしてまでそのようなことをさせるのは忍びなくてできそうもないが、ただ誰かに頼るべき時はあり、なんでもない話を聞いてくれる誰かがいるのは、それだけで何よりも心強く胸に響くものである。
「うん。ありがとう、刹那」
「ああ」
とにかく言わんとする内容が伝わったことに安堵した刹那を、一際強い睡魔が襲った。
明かりを消して部屋に戻る途中、おやすみなさいを言い合って別れた。
それぞれが部屋に戻って手短に寝る用意を済ませれば、何事も無かったようにベッドに潜るのだ。
寝具に身を沈ませれば、意識はずっしりと重く深くまで落ちていき、そして、きっと夢の続きを見る。
願わくば貴方もまたそうでありますように、と。
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