その他短編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
切比古はその朝、けたたましいチャイムの音で目を覚ました。
協会の仕事はその日非番であり、セットとして扱われる琉伽も当然非番で自宅でゆっくりと休んでいた。
だというのにこのような、ご近所の迷惑も顧みない行為、切比古自身はともかく琉伽様の安眠を妨げるのは万死に値するぞと思いながらインターホンのカメラを確認して、その牙を下げざるを得なかった。
「ピイ~~~~~~!!!!!」
「ちょ、ババアさ…あッ!」
扉を開ければ即座に満月が滑り込む、抱きつかれそうなのをぎりぎりで避けたつもりだったのだが服を掴まれて満月と一緒に廊下に倒れこんだ。
「……何の騒ぎかと思えば…ババア…生きてやがったのか」
「オオース琉伽ち久しぶり、ピイ~~~~~~また身長伸びたかなぁ~? ちょっと痩せたんじゃない??」
「ババアさん、ちょっと、やめ、触らな…触るな!」
「何の用だババア、親父はどうした」
琉伽が問えば、切比古をべたべたと触りまくる満月の手はぴたりと止まり、沈黙が流れる。
何かあったのだろうか…もしや当主の身に何か起きたのでは、と思った矢先、満月の顔は信じられないという風に歪んだ。
「切比古の誕生日を祝いに来たんだけど」
「「ああ…」」
お互いに、玄関先のカレンダーを確認して、ようやく気付いた。
6月17日、比良坂切比古の誕生日、これがこの一日の騒動の始まりだったとはまだ誰も知らない。
「このマンションの玄関オートロックだったはずですけど」
「コダマに内側から開けさせたよ、サプラーイズ どうだった? 驚いた?」
「驚いたというか…怖いんですけど…」
「朝っぱらからピンポンピンポンうるせェんだよババア」
都内某所にあるマンションの一室、長かったホテル暮らしから脱却した二人はこの場所で生活を共にしている。
協会本部襲撃事件から二人が東京で暮らすまでにそれはそれは面倒なゴタゴタがあったが、結局満月の一言が一番有効だったのが、今でも琉伽は納得がいってなかったりする。
「ピイったら自分の誕生日も忘れてるなんて…そんなこともあろうかと材料は全て用意してあります」
「どっちにしろここでパーティーするつもりだったんだろうが」
「まあね~だって二人とも誕生日会とかするガラじゃないでしょ」
九州の実家では、満月が主催でその月に誕生日を迎える者をまとめて決まった日に祝祭を開いていたものだった。
それとは別に、満月の一番贔屓の切比古と琉伽が、それぞれ誕生日を祝われていたのだが。
東京で住むことになって、それも無くなったと思っていたところで、この事態である。
二人の視界にはぴょこぴょこと動き回るコダマたち、満月が来てからずっと働き続けているそれらは今日切比古がやるはずだった家事の一切を引き受けて遂行している。
今日の主役はゆっくり休んでなさい、と満月が有無を言わさずに切比古を椅子に座らせ、あまつさえお茶まで満月のコダマが用意する始末だ。
「過保護すぎんだよ」
「琉伽ち…それピイに同じこと言えんの?」
身の回りの世話を全て切比古に任せている琉伽が言えたことではないのだが、それは切比古が進んでやっていることでもあるので、まあいいやと満月は話題を切り替える。
「これはパッパからの祝電」
「祝電」
「伝書鳩代わりにされてんじゃねえか」
実際普通の手紙である、それを切比古が読んでいるとき、満月の眉が微かに動いた。
近くにいたコダマに手だけで指示を出し、再び切比古に向かおうとすると、今度は切比古の携帯が音を立てた。
「ゲ…すみません烏丸からです…も」
「もっしも~し、こちら比良坂です、今日は電話に出られませんので明日出直してくださいドーゾ」
「ちょっと満月さん!!」
無理矢理電話をもぎ取り代わりに応答し切ろうとしたのを奪い返し、改めて切比古が携帯を耳にあてる。
これでも仕事は真面目に取り組んでいる切比古である、たとえ気に入らない相手でも上司は上司だ。
そんな上司の烏丸といえば、なにやら切羽詰まった声色で状況を説明した。
『比良坂クン! 満月さんと一緒のところ悪いんやが緊急事態や! 狗星と一緒に至急本部まで来てくれ!』
「わかりました、すぐに支度します。琉伽さん、緊急事態だそうです」
「チッ…どいつもこいつも」
休みを邪魔されて不機嫌な琉伽の舌打ちも気にならないほど、満月の表情が冷たくなっていく。
満月が近くのコダマを掴むと、電話をするように腹をプニプニと押して耳にあてがった。
「おぉいタク…さっき言ったけど今日はピイは出られないって…」
『満月さん! そんなん言うたかて緊急なんはしょうがないですやん! 動ける式神つかいは全員出動しとるんですよ!』
どうやら、電話の真似ではなく電話として機能しているようだ。
先ほど押していたのは本部まで出張してるコダマの識別番号なのだが、それは二人は知らない。
「だァから私が応援やっただろうが! ソイツ一体で二人分の戦力はまかなえるはずだぞ!?」
これには、切比古と琉伽のこめかみが動く。
『とにかく一人でも多く人手が要る状態やってことを理解してくださいよ! ていうかあのコダマ異様に強いわ! ウチに一体くれやアレ!』
「ピイのサプライズパーティーだったら許したけどガチの緊急事態とか間が悪すぎるなタクの本部は、あと長距離出張は疲れるからやらない」
『サプライズゥ!? なんや比良坂クン誕生日やったんか!? ならあとでなんかお祝いしたらな!!』
「おーおーだからさ、ていうかなんなら私一人で……」
違和感に気付き、満月が振り返った先に二人はおらず、もぬけの殻の部屋で満月は立ち尽くす。
「……今から行くわ。一人でも多く…だっけ?」
『…満月さん、あんま暴れんでくださいよ? 一応これでも俺がせきn』
ブツ、と切られた電話兼戦闘用のコダマの前で、烏丸は襲ってきた虚霊をいなしながらため息をついた。
「俺が責任者なんやから…俺があとで怒られる…」
「烏丸さァん! ちょっとマジメにやってくださいよ!」
「うるっさいわこっちはこっちで大変なことになっとんねん!」
満月が現場にたどり着くまで、あと十分。
満月の意識が烏丸に向いている隙に車に乗り込んだ狗星主従、法律は守りながらも違反スレスレで飛ばしていた乗用車の上に、何かがゴツンと落ちてきた。
まさか、いやそんなはずはない、冷や汗をかく切比古の嫌な予感は残念なことに当たっていた。
「ピイ~…置いて行くなんてひどくない?」
「あんたバケモンですかァ!? なんで追いつけるんだよ!」
「私をなんだと思ってるのさ、あんたら狗星家のババアだよ」
「いいから乗ってくださいよ! アブないから!」
「さ~んきゅ~♪」
車の屋根の上から開けた窓をするりと入り込む満月が、低い声で唸るように言う。
「私はあんたらのババアだ」
「…ッ!」
先ほど、切比古が満月の名を呼んでしまったことを思い出す。
それと同時に、名前を呼んでしまった時のお仕置きも思い出し、知らず知らずハンドルを握る手が震える。
「けんども、今日はピイの誕生日だからね。サクッと終わらせてパーティーを始めよう」
それを合図にしてか、車内に異様な重力がかかる。
窓から見える景色がみるみる上昇していく、浮いているのだと理解するまで少しかかった。
だが、ここは都内だ。
「ちょっちょちょ…! 満月さん!? じゃないババアさん!!」
「いやぁまあ今日くらいは…」
「ちったぁ隠せバカ」
「隠してるよ ナンバーは」
「アホか」
黒鴉で支給された車は政府で使用されているものだ、緊急時であれば多少荒っぽいことをしても罪に問われないことになっている。
とはいえ警察車両に止められれば連絡が行くまで時間がかかる、ので、一応守れる限り法律は順守しているのだ。
しかし、空を飛ぶというのは……琉伽も切比古もどこからツッコめばいいやらわからない。
バレれば後々「上」から怒られるんだろうな…と普段あまり親しいわけではない烏丸を、少し気の毒に思った。
どうやっているのか、おそらくあの変幻自在のコダマを使っているのだろうとは思うが、確認するのがおそろしい。
「タァク~もうすぐ着くから詳細プリ~ズ」
いつの間にやらコダマ電話をかけていた満月がガヤガヤとうるさい電話口の烏丸に声をかける。
『もうすぐてどんな魔法使ことるんですか…!』
「式神は魔法じゃなくて科学さ、超自然科学。ガッコで習わなかった?」
『詳細欲しかったら茶化さんでくださいよ! 最近虚霊のヤツら知恵をつけてきよったんですわ、どっから嗅ぎつけたんか、徒党を組んで襲撃なんちゅームチャしよってから…あと何体おるんやコレ!』
「そっちが先に魔法とか…まあいいや、状況はとっくに知ってるんだけどヒマだから電話しただけなんだよね」
『せやろな!』
そうして飛行すること数分、ヘリコプターとほとんど変わらないスピードで、ふいに満月が言った。
「琉伽ちもシートベルトつけて。落とす」
「落と…っ!?」
発言するやいなや、シートベルトを付ける間も無く車内から重力が失われた。
落とすということは、目的地に着いたということで。
すなわち、落下地点には絶賛交戦中の烏丸たちがいるというわけで。
上も下も、阿鼻叫喚の地獄絵図である。
死んだと思った、誕生日が命日になると思った切比古だが、まだまだそれは先のようだった。
巨大なコダマが坂を作り、落下した車を受け止め滑らせる。
傾斜はゆるやかだったもののタイヤにより速度が増す、その先には一番最初に満月が寄越したコダマが待つが、見守る面々にはとても受け止められる気がしない。
「そういえばさー」
「なんですか!?」
「私が出るってわかってんのになんで先に出てったの」
「そんなん…! 当たり前でしょう!」
切比古の式神、トガノミコトが後方へ出現し車体を後ろから引っ張りスピードを落とそうと試みる。
「俺らをテメーの雑魚コダマと一緒にすんじゃねェ」
琉伽の式神、黒狼星の鎖が車体全体を包みトガノミコトがそれを掴む。
それでも依然勢いの強いワゴン車はみるみる傾斜の最終地点へ近づき、フロントガラスの目前には満月のコダマが迫る。
これで止められなければどこで止まるやら、このまま数メートル先の黒鴉本部へ突っ込むのではないかと緊張が走る。
いよいよぶつかる、というところで突然コダマが後ろを向き、姿勢を低くとる。
坂の終わり、いつの間にかU字型になっていたのぼり坂に乗り上げた車体が再び宙を舞い、琉伽たちのの腰が浮く。
空中で受け取ったコダマが車を支えたまま、地面に着地し、跳躍し、勢いを殺し、車内を揺らし、ざざ、と地面をえぐりながら止まった。
「ほら、シートベルトしろって言ったでしょ」
「そういうことかよ…クソが」
「琉伽さん! お怪我は…!?」
「ないない。このくらいで傷がつくような育て方した覚えない。ていうかこんくらいでケガすんなら雑魚」
不遜な口を叩きながらゆったりと車から降りる満月、周囲を虚霊が取り囲む中、そこだけ観光に来たような空気を醸し出していた。
「そうだピイ、琉伽ち」
準備体操をしながら襲ってくる虚霊を張り飛ばし、二人に告げる。
「ちょっと今回は余裕ないから、怪我したくなかったら離れて自分の身は自分で守ってね」
「言われなくてもそのつもりですが」
「いやいや、いつも以上にね」
「ハッ…敵の数が多いようには見えねーけどな、カスばっかだ」
「でしょ? だからさ」
空気がひんやりと冷え、その場にいた全員が背筋をぞっとさせる。
笑顔のはずなのに、背中に般若を背負っているようだった。
「こんなんでピイの誕生日を邪魔されてすげぇ怒ってるんだよね」
それはほんの数十分の出来事だった、まるで竜巻が発生したようで、それに巻き込まれないようにするので精一杯になっていた。
あれだけ居た虚霊の大群がいまや見る影もない、満月の勢いの苛烈さに、若い連中は本部内に退避させたぐらいだ。
敵の残骸が山のように重なりその数は少なくとも数百体、こんなにこちらの世界に入り込んでいたのかという気持ちと、たかだか数十分でそれだけの数倒すこの人なんやねん、と烏丸はただただ呆然とするしかなかった。
その後の処理を全て烏丸一派に丸投げし、満月ら狗星派はさっさと黒鴉地下本部へと移動する。
「な、なんで僕たちが事後処理なんですか…」
「いいから黙ってやれ! あの人に殺されっぞ!」
「せやで姫吊…あの人の怒りスイッチは押さんほうがエエ…特に今日はな」
「そのスイッチ押したの烏丸さんなんですけど僕関係なくないですか?」
「連帯責任や!」
そのころ、暴れる暇がなかった琉伽は不完全燃焼感を抱えたまま、満月の背中を見る。
一応、アレが全力のはず、しかし今もまるで隙が無い、奇襲してもなんなく躱されそうだ、ついでに頭も撫でられそうだ。
「念のためこっちにコダマを寄越しといてよかったな~、あ、ピイちょっとここでストップ。琉伽ち先に入ってて」
「あ?」
「いいから」
言われるまま、琉伽が先に指令本部へ入り切比古は満月に目隠しされその場で待機する。
「はいまっすぐ~まっすぐ~」
目隠しされたまま部屋に入ると、一番最初に感じたのは油のニオイだった。
「「お「誕生日おめでとう~!!」ございます!」」
目隠しが外されると、黒鴉のメンバーがそれぞれクラッカーを鳴らした。
真子がはじめに近寄り、切比古をぎゅっと抱きしめて部屋の中央へと誘導する。
「もお~! 誕生日なら誕生日って前もって言っておいてよ!」
「そうだぞ水クセェやつめ!」
「悪いな、急でなにも用意できてなくて」
「一年に一度のお祝いですから、ちゃんとやらせてください!」
「さすがにここまではやりすぎだって…まあでも、オメデト」
テーブルの上にはケーキと、切比古の好物の野菜のかき揚げと、フライドチキンやサラダや、諸々、元々ここでパーティーをするつもりだったのだろうかと思うような充実ぶりが、切比古にはデジャブだった。
「ババアさんもしかしてコレ…」
「ああ、さっき上でドンパチしてる間に」
「そう! 満月さんスゴかったんだから! 戦ってる間に料理から飾りつけから全部、たくさんコダマ使って…まあ私もちょっとはがんばったつもりだけど!」
またもや、まだまだ余裕しゃくしゃくな満月の憑力に圧倒される。
「マコマコは野菜切ってくれたし~カイくんは飾り用意してくれたし~他のみんなもいろいろやってくれたよ、愛されてるね~ピイちゃん」
「う…」
正直、狗星家にいたころより規模は小さい、しかしあの時はまだ宴会の要素が強く、主役というよりは酒飲みの口実にされてるという感覚だった。
長くない付き合いとはいえ知ってるところも少なくない仲間に、一言一言祝われるのは初めてのことだった。
満月と出会ってから毎年祝われていたが、自分の生まれた日などどうでもいいと思っていた。
主君である琉伽が息災であれば自分の生まれた日など琉伽の生きているうちの一日に過ぎないと。
「琉伽ち」
切比古の目の前に琉伽が立つ。
無理矢理乗せられたのだろうパーティー帽子を切比古の頭に乗せ、何か言いたげに口を動かす。
その様子を全員でそわそわと見守るシュールな光景は、満月が用意したビデオカメラでコダマにより撮影されている。
「…いつも、感謝してる」
関白亭主かよ、と言いたくなったのを開斗は必死にこらえ口を手で押さえた。
「る…琉伽さま……!!」
何故素直におめでとうと言えないのか……という空気が全体に漂う中、切比古だけが一ミリも疑問を抱かず喜んでいた。
切比古が嬉しそうなら…いいか…いいのか…? いや良くないだろう、と満月の様子を窺えば、こちらも嬉しそうにニコニコしているので、これに異を唱えられる者はいなかった。
さて、それぞれに祝辞も済んだところで宴の始まりである。
ケーキのロウソクを吹き消し、改めて机の上を見て、切比古は口を開く。
「食べきれるんですか…? コレ」
クロカンブッシュばりに積み上げられた野菜のかき揚げは、いかに好物でも胃もたれは避けられないだろう。
「大丈夫大丈夫食べれる食べれる~!」
「っていうか切比古くんはもっと食べなきゃ! いつか倒れそうでお姉さん心配だよ~」
「仮に残っててもハラペコのタクたちが処理してくれるでしょ。そんなこと気にせずジャンジャン盛り上がろ~! さー追加の肉とバランスを保つ程度の野菜がくるぞー!」
今日もいつもと同じ、琉伽のための一日、そのはずだった。
それが早朝のインターホンから妨げられ、ほとんど何もできていない、だというのに狗星当主や黒鴉の仲間に祝われ、琉伽から感謝の言葉を賜り、四方八方から肉だの野菜だのを差し出され、頭も口も処理が追いつかない。
誕生日とはなんだった? こんな無理矢理モノを食わされるような拷問のことだったか? という疑問はさておき。
この騒々しい一日は、琉伽のために何もできていないこの日は、それでも琉伽が許してくれた今日は。
「切比古。今日はね、今日までこうして無事に生きてこられたことを祝う日だよ、そしてまた一年無事に生きられるように祈る日でもある」
満月が隣に座るとまるで世界がそこだけ切り離されたようで、一瞬だけ、満月には世界がこう見えているのではないだろうかと切比古は感じた。
「明日も生きたいと決めた日でも、これまでの自分を殺した日でもいい、比良坂切比古という存在がこの世界に確立したことが奇跡で必然で、何を欠いても今日の切比古は存在しない。…長々と語ってしまったね、さて切比古、今日は何の日だっけ?」
切比古本人ですら忘れていた今日は、切比古だけが意識していなかった、今日は。
「……俺の…誕生日です」
「うん。誕生日おめでとう、切比古」
今日のこの日は、比良坂切比古がこの世に生まれ落ちた日だ。
それを、改めて実感として受け止めたとき、切比古は鼻の奥がツンとしてこみ上げそうになったものを必死にこらえた。
「そういや、さっき車落とした時は勢いが強すぎたなって思ってたんだ~ピイたちが止めようとしてくれてなかったらヤバかったよ正直、ありがとね。強くなったね」
満月は満足げに頷くと、切比古の頭をなでて部屋を出た。
よく頭をなでられていた、満月のお気に入りだからか、なでやすい位置に頭があるのか切比古本人にはわからなかった。
昔は幼子の扱いをされているようで少しだけ嫌だったが、今ではちょっと寂しい…ということもなかった、だいたい撫で方が雑なのだ。
閑話休題、部屋を出たと思った満月が何かを抱えて戻って来た。
足元から腰ほどまでの包みだった、プレゼントのつもりなのだろう、一体なんだと言うのか。
「開けてみて」
「ここで? というかこんな大きいの部屋に置いたら……」
中身を見て切比古が硬直した、琉伽も閉口した、彩里にいたっては全力で後ずさった上に心底嫌悪の表情を示した。
「わあーおっきいぬいぐるみ! なんか琉伽くんに似てない?」
「あ、そーかマコマコは見たことなかったっけ、式神トーナメントの時に出してた試合用琉伽コダマだよ、年頃の男にぬいぐるみもどうかとは思ったけどこれ以外思いつかなくて」
コダマがコダマの原型を留めていなかったあの黒い体の琉伽コダマだ、しかも、無駄に精巧な。
ぬいぐるみがどうとかではなくチョイスがどうなんだと開斗は思ったが、満月さんだからな、ということで納得した。
「……い、いいんですか…? コレ…もらっても…!?」
そして怒るのかと思いきやこれである、こんなに目がキラキラした比良坂見たことない。
「ピイのために夜なべしました、大事にしてくれるとうれしいね」
「ありがとうございます!! 大切にします!」
「俺は時々お前がわからねェ」
「てゆーか前々から思ってたけど特殊なセンスしてるよな狗星派閥」
甲兵の一言は、琉伽には無視され切比古は目の前に夢中で聞こえていなかったが、反応されても面倒なので流した。
宴もたけなわの黒鴉本部、この機に誕生日を教え合った若者たちは来年こそちゃんとみんなでお祝いしようね、と笑いあった。
死と隣り合わせの者たちが来年の話をしてうれしそうにしているのを、満月はたまらぬ瞳で見つめていた。
「よし!」
張り上げた声は室内をビリ、とかすかに震わせた。
やおら立ち上がった満月は今日の結果に十分満足したようで、切比古の頭をガシガシとなで回してはにっかりと笑う。
「じゃあ次は琉伽ちの誕生日にね。それまでには戻ってくるつもり」
「戻って…って、どこか行くんですか?」
「キラキラした若い子見てたらさ~私も本気出さないとなって思って。だからちょっと地の底まで行って帰ってくる」
「地の底って…まさか」
「九州はどうすんだよ」
「バッカだねェ~琉伽ち、マントルだろうが成層圏だろうが日本の領域は私のテリトリーなんだよ」
さらりととんでもないことを言っているのだが、それよりもまずバカと言われたことに琉伽はムっとした。
そんなことも気にせず、満月はその場の全員に別れを惜しむように抱きしめたり頭を撫でたりして、再び切比古と琉伽のもとに戻って来た。
「ま、そーゆーコトだから。パッパにもしばらく空けるって言ってあるし、空けるっていってもコダマがいるし、ピイを泣かせたくないから絶対帰ってくるけど、もしかしたら…いや、とにかく琉伽ちはピイに無理させないように、ピイは琉伽ちにかまってばっかいないでちゃんと休むこと」
んじゃあ行ってくるね~、と嵐のようにやって来た満月は嵐のように去っていき、とても静かになった。
とはいえ、満月のコダマはいまだに忙しなく働いており、離れたような気は一切ない。
地の底、と言っていたが、白禍深獄のことを指しているなら冗談にもほどがある。
「…冗談じゃないんだろうな…」
「あの人は存在が冗談だろ…」
いずれにせよ、その答えがわかるのは二か月後ということだ。
騒がしさが静まり、落ち着きを取り戻した黒鴉本部、明日にはまた平常通り。
満月が戻ってきたならば、きっとまた、けたたましいチャイムの音が鳴り響くのだろう。
2/2ページ
