腐っても時渡り 原作沿い編
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シャオくんたちが開けた大穴から漏れる光も、深く潜ると届かなくなっていく。
向こうから呼び出してるのだから、せめて小さな明かりでも用意しておいてほしいところだ。
などと、冗談を言える雰囲気でもない。
(こんなところに一人で…気も狂いそうだ)
静かで、変化がなくて…死んでからならばともかく、生きている間に捨てられたいところではない。
私も朧さんも生きているうちに捨てられたクチだが……できれば二度と経験したくないと思う。
それをあの意識の中で見たものが本当なら、何年も一人で静かで暗いこの場所でじっと「私」を待って……
(ずいぶんと確率の低い賭けにでたもんだなあ)
多少頭の出来に違いはあれどそこは「私」なんだろうなあ、もっと他にいい方法があったろうに。
まあ、状況が状況だから、どうとも言えないけど。
ん。この辺りは見覚えがある…この近くか?
たしかこっちに……もうちょっと先だ。
光の届かない闇の中で、ライトに照らされて光る何かが見えた、きっとあれだ。
近づいていくとその光っていたものが目だとわかる、目を開いている、この中で見えるのか?
私はゴーグルがあるからともかく、裸眼ではとてもじゃないが……
『――やっと、あえた』
口を開こうとして、シュノーケルを着けてることを思い出す。
『もうロクに見えてないオチかと…』
『見えてないよ?』
『ちょっと待って今の第一声としてカウントしないで、もうちょっとカッコいいこと言いたい』
『わかった』
『いや…素直に了承されてもそれはそれで……』
みじめな気持ちになるというか……まあいい。
『はじめまして、でいいかな。自分に言うのもおかしな話だけど』
『そうだね。わたしも余裕はないから、本題にいこうか、でもその前に一つだけ』
骨なんだか肉なんだかわからない手が私の頬を撫ぜる、装備をつけてるせいで、輪郭もなぞれないと思うが。
私はそれにそっと手を重ねる、その行為にどんな意味があるのか、それを知ったのはこの直後だ。
『満月…満月……やっと会えた、もう一人のわたし、わたしの片割れ…!』
その顔はとても辛そうで切なそうで、まるで、まるで……
――まるで、死に別れた家族と再会したような……あれ、おかしいな…私まで胸が痛い。
『もう一人のわたし…ううん、もう一人の「満月」、わたしはあなたが来るのをずっと待ってた』
『ちょ、ちょっと、まって…どういうこと…? 私はあなたじゃないの…?』
『嘘はついてない。わたしたち、二人で一つだったんだから――』
頭の中に公園の映像が再生される。
公園に至るまでの道のりは、私の記憶にある……いや、ない……?
記憶にないまったく知らない道、まったく知らない景色、標識、看板、商店……ここはどこだ?
待て、私は…“いつ「ここ」へ来た”……?
記憶の中で“わたし”が話しかける…私は…?
私が私を見ている、話しかけて、笑っている、泣いている、怒っている、これは……
以前見せてもらった映像は途中まで客観的だった、まるで、もう一人私がいてその記憶を見せてもらっているようだった。
山に隕石が落ちてきてからは、映像は主観に切り替わっていた。
これは、経験者と観測者、二人いなければ成立しない。
『満月、わたしの双子の妹…――あなたにはどうなっても生きていてほしかった』
私が物理的にもう一人いなければ、あの映像は成立しないのだ。
『わたしが行ったのは、肉体でなく「記憶」の転移…上書きと言ったほうが正しいかもしれない』
意識が遠のくかと思った、急激に体中の血液が冷たくなった気がした。
『わたしの知っている満月は消えてしまうかもしれないけれど、死んでしまうのなら結果は同じ』
だからってそんなの、人殺しと変わらないじゃないか。
『あなたは心も体も「満月」であることには変わりは無い。それのどこに不満があるというの?』
本人の意思をまるで無視して、不満も何もない、勝手に人格を上書きされたこっちの「星崎満月」は理不尽に殺されたも同然だ。
そして、そんな状態でもこの体が生きていることを望む目の前の人物が、とてもおぞましい生物に見えてきて。
会って話そうとしていたこと何もかもが真っ白になってしまって、その姿すら目に入れたくなくなって、私はその場から逃げるように浮上した。
「満月、探してる人見つかった?」
リコが心配そうに話しかけてくる、気分が悪くてそれどころじゃない。
二人からだいぶ離れた場所で吐いた、胃の中がからっぽになるかと思うくらい吐き出してから、ようやく落ち着いた。
こんなことを知ってしまうなら、ここに来なければよかった、あの人を助けようと思わなければよかった。
知らなければ、いままで通り何も考えずにこの世界で生きることができたのに。
今ではこの世界を喜んで受け入れた自分が憎くて仕方がない。
「…満月…だいじょーび…?」
「うん…なんでもない…ちょっと、気分が悪くなっただけ」
「……満月さん」
だめだ、二人に心配させちゃ、これは私個人の問題だ。
ここに来てから頼ってばっかりだし、なんとか誤魔化さなくちゃ……
「無駄ですよ」
「…え…?」
「僕はあなたの心が読めるし、リコも、感情の機微には鋭い、心配させまいとする気持ちはわかりますが、
それであなたが苦しむなら、隠さないでください」
「……満月…あのね、私、満月から見たらまだ子供かもしれないけど……たくさん勉強したし、たくさん訓練もしたよ。
だから、満月が助けてって言ってくれたら、私、満月の力になるから…だから、ぎゅーって気持ちになったら、助けてって言ってね…?」
その言葉に、今さら心配かけさせたくないなどと言うのは無駄なことだと思い知った。
それよりもなによりも、優しい言葉にすがりたくなった。
「リコ…シャオくん…お願い、あの人を引き上げて……」
こうなったら、徹底的に情報を吐いてもらおうじゃないか。
「じゃあ僕が状態を見てきます。満月さんはしばらく休んでてください」
シャオくんが私の放り投げた潜水道具をかついで言った。
「あー! シャオ間接ちゅーだ!」
「なッ…お、おいリコ!! 僕は別にそういうつもりは…違いますからね満月さん」
「……あっは! いーよいーよ、気をつけてねシャオくん。…下のほうに、私とよく似た顔の禁人種がいる、その人が探してた人……お願いね」
リコのほうを見ると、わかっているようなわからないような、曖昧な笑顔で私の様子をうかがっていた。
「…大丈夫、ごめんね」
飲み水で軽く口をゆすいで、シャオくんの潜っていった水面をじっと眺めた。
「ねえリコ、……」
言おうとして、はたと止まる。
「……満月?」
「うーん…なんて言えばいいのかわかんないな…説明してもいいのかな…? あとで、みんなと一緒の時に話すね」
「…うん。あのね、シャオもね、まとまってから話すといいよって言ってたよ! あと、セクシーローズも!」
「セッ…まだ呼んでんだ…!」
ここで笑ったらフーちゃんにもリコにも失礼かな…?
いや、でも、ここで笑うなってちょっと無理っぽいんだけど…!?
「笑っていいよ、満月」
「リコ…?」
「私の知ってる満月はね、ずっとニコニコしてるの、満月が笑ってる間は大丈夫って思えるんだよ」
「だから、満月が笑えるように、私もがんばるからね、満月」
そうしてリコはニカッと笑った。
…ああ、この笑顔、そうか、そういうことか。
「リコはカイルともよく遊ぶもんねぇ…私も気をつけるけど、二人も無理はしちゃだめだよ?」
「うに…? うん、無理してないよ?」
ありゃ、私の勘違いかな? そんなことはないと思うけど…まいいや、あとでカイルにも言っとこう。
でも、カイルなあ…あんなに大きくなっちゃって、ちょっと話しかけづらいんだよね、小さいときからもそうだったけど。
しばらくすると、シャオくんが水音をたてて顔を出した。
…気にしないとは言ったけど、シャオくんは私が口を付けたものでよかったのだろうか、シャオくんが気にしないならそれでいいけど。
「引き上げても問題なさそうです。リコ、水槽みたいなものを用意できないか? あと、すぐに戻る準備もしておいてくれ」
「いーよ! ちょっと待っててね!」
水槽みたい…なんか、昨日描いてたのにそんなのがあったようななかったような。
あの人、陸上で呼吸ができないのかな? 完全に水棲生物になっちゃったわけ?
「準備オッケー! すぐにでも行けるよ!」
リコが作り出したのはウツボカズラのような見た目の生き物で、表皮が透けていて中が見えるようになっていた。
その子は水の中に身を沈めて、体の中に水を溜め込んだ。
本物のウツボカズラにはついてない部位もあるが、動いているところを見るとかわいらしい? ものだ。
それからここまでの移動に使った大ムカデを出して、シャオくんが出てくるのを待った。
「お待たせしました、行きましょう」
「オー…満月がもう一人いるみたい……」
リコが興味津々なオーラを放ちながらくるくると「わたし」を眺めている。
この人はこういう関係の人だよ、と言えればいいのだが、なんと言えばいいのかわからないので何も言わない。
『…満月』
「なに」
『本題、私を殺して』
「は? でも助けてって…」
『それがわたしの救いになる』
なに、言ってるんだこいつ……じゃあ私は、こいつを殺すために呼ばれたっていうのか? そんな、そんなの……
「ヤダね」
『おい』
「尻拭いは自分でしろ、言ったのは誰だったっけ? あなたにはやってもらわなきゃいけないことがある」
いろいろ、いろいろだ。
「まず、頭がキンってなるの解除しろ」
「満月さん…」
いかん、まじめな顔をしてアホっぽいこと言ったな。
「戻ろうか」
「みんな乗った? いっくよー!」
…記憶の上書きか、それって、もう元の世界には戻れないってこと?
結論にはまだ早いな、本人に聞くのが一番いいけど、話してくれるかどうか。
PSIである以上、なんらかの解除方法がある…と思いたい、一度きりしか発動できないPSIもあるのか? くそ、頭が痛い。
『話してどうなるっていうの?』
たぶん、制約の話だ。
「対策はできる」
『それで未来は分岐する、知らないものになる、そうしたら満月が危険にさらされる可能性が増える』
「言ってることが矛盾ばかりで聞くに耐えません」
危険だらけの場所に誘っておいて、危険を増やすななんて今更…だめだ、冷静になるんだ……
「…ねー、名前はなんていうの?」
「おいリコ、邪魔をするんじゃ…」
「だって、名前がわかんないとなんて呼べばいいのかわからないよ?」
『もしかして、わたしの名前か…?』
「うん! 私はリコだよ! こっちはシャオ!」
リコの笑みは人を溶かす、それはこの人にも例外ではないようで、戸惑ったように視線を巡らせていた。
『わたしは……わたしは、ミツキでいい』
「うにゅ? それじゃあ、満月とおんなじ名前なんだね!」
『……そう…同じなの…』
この一連の流れを見て、「わたし」にも一応の心が残っているらしいとわかった、わかってしまった。
そんなこと知ってしまったら、ひどい態度もとれないじゃないか。
くそったれ、まるで私が悪い人みたいじゃないか。
「……」
わかってるんだ、誰も悪い人なんていない、みんな自分が信じてる方向に向かってるだけ、誰にも悪いと言われる筋合いはないんだ。
「…ひとつ聞かせて」
『なに?』
「あなたは私を「満月」にしてほんとによかったの?」
『今更後悔しろって?』
「知ってるかもしれないけど、私クソ腐女子だしこの間はコワモテのおっさんの筋肉堪能してハァハァしてたよ」
『…やっぱりすこしだけ後悔させて』
「後悔してくれるなら、私はいいよ。本人はどうか知らないけど」
『ごめん……満月……わたし、やっぱりこんなことするべきじゃなかった…』
「……」
……そこまで後悔されると逆に傷つきますけど。
ちらりとシャオくんたちの方を見る、どうかいま言ったことはご内密にお願いします。
「ねーシャオー、フジョシってなに?」
「おまえは知らなくていいことだ」
「えぇー?…ねー満月、フジョシってなに?」
「女の人のことだよ。私の場合はクソ婦女子だから、女とするのも甚だしいゲスですよって意味だよ」
「えぇー!! 満月はちゃんとした女の人だよ!!」
『あながち嘘でもないから困るね』
気持ちに一区切りついた、ここらで物語にも一区切りつけるとしよう。
もうすぐ根に着く、やることはたくさんあるんだ、充実してるな、いいことだ。
まだ見ぬ未来へ行くのは怖い、恐ろしい、だがきっととてもいいことだ。
そう信じるしかない、信じるしか。
「帰ったらまずはただいまからだね」
