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オリジナル2

魔法少女。
そのイメージは?と聞かれればおおよそ誰もが「悪の秘密結社と戦う」とか「悪い魔法少女と戦う」と言うだろう。
確かに、戦ってはいるのだが、相手は世界制服を企む程の強敵ではない。
彼女達の相手は「精霊」である。
古くから土地に棲むもの、人と共に生きてきたもの。
それら精霊が土地の不浄を自らに取り込んだり、人の妬み嫉みを受けて穢れる事がある。
そうなると普段大人しい精霊とて暴れもするし、周囲の空気を乱れさせる「荒神」にもなる。
そんな精霊達を鎮める為にこの世界の魔法少女達は戦っている。
人と魔法、精霊達が当たり前に共にある場所。
そんな世界が、この話の舞台である。
街の中心に大聖堂を抱き、そこから四方へと広場を介した大通り。
車と同じ量の空飛ぶ箒を見送りながら東へ進むと、古い煉瓦造りの建物が目に入る。
魔法学校である。
毎朝の様に大聖堂の鐘が8時を告げると、学園へ千鳥格子のブレザーにスカート、背中に四角いキャメルのリュックを背負った少女達が集まる。
鈴やぬいぐるみのマスコットが付いたリュックの中から、少女達は正門に近付くまでに各々時計や香水瓶、ペンダントといった様々な物を手にする。
「各々鍵を先生方に見せてから教室に入るニャ」
白い髭を長く蓄えた老人の隣に座った黒猫の声が辺りに響くと同時に、少女達はそこかしこに座る白や三毛、縞柄の「教師」達に手にした物を見せ、次々と校内に入って行く。
「お早うございます学園長」
老人の前で足を止め、礼儀正しく頭を下げる少女。
肩の上程のワンレングスの黒髪を下縁眼鏡と共に指で直しながら、吊りあがり気味な目が老人と黒猫に向けられる。
「お早う。いつも早いのぅ、刹那」
「今朝は遅い方です、学園長。出掛けに忘れ物をしてしまいましたから…お早う、コット」
「お早うニャ刹那。鍵を出すニャ」
黒猫が首元のリボンを脚で直しながらそう言うと、刹那は手袋をした右手で右足の靴を軽く弾く。
茶色いローファーが一瞬、黒いヒールのパンプスに変わる。
「入って良しニャ」
「ありがとう、あ、あの、コット」
「何ニャ?」
ポケットに入れたままの左手を黒猫の目が見る。
刹那が口を開いた時。
「お早うございます学園長先生、コット。あら、刹那、お早う」
「お早うニャ。鍵を出すニャ」
長い姫カットの黒髪を七色の蝶のバレッタで上手に纏めた少女が差し出したのは、ミントグリーンが爽やかな万年筆。
「通って良しニャ。そういえば更紗、18の誕生日おめでとうニャ」
「ありがとう、コット。覚えていてくれたのね」
万年筆を紺色のブレザーの胸ポケットに差し込むと、更紗は自然に黒猫の頭を撫でる。
「あら?刹那どうしたの?教室行かないの?」
黒猫の近くから動かない刹那を不思議そうに見ながら更紗が言うと、刹那は左手をポケットから出し前髪を耳にかけながらぶっきらぼうに体を黒猫から校舎へと向ける。
「行くわよ、当たり前じゃない」
「じゃあね、コット」
ひらひらと黒猫に手を振る更紗を横目に、刹那はすたすたと足を進める。
「何か、言いたそうでしたな」
「刹那は言いたい事を飲み込む癖があるニャ…」
「更紗は、正反対ですな」
「だから友達なのかも知れないニャ」
それから何人かを黒猫が校舎へ見送り、老人が別の教師の所へ向かった時。
「…コット」
後ろからの小さな声に振り返る黒猫の目に映るのは先刻と同じ、左手をポケットに入れた刹那。
「どうしたニャ?」
「…これ…」
カサリ、と左のポケットから出て来たのは小さな紙袋。
「…余計な事かも知れないけれど、その…良ければ使って」
刹那はそれだけを言い残すと校舎へ走り去る。
すれ違いで老人が戻ると、黒猫は紙袋をカサカサと手で開く。
「それは?」
「今、刹那が持って来たニャ」
老人の手が中身を取ると、それは赤い絹のリボン。
よく見ると、黒猫の首に巻かれたリボンと良く似ている。
「…あの子は良く見ておりますな」
「本当ニャ」
良く見るとコットの首元のリボンは色褪せや爪の跡で傷んでいる。
黒猫は嬉しそうに紙袋に新しいリボンをしまうと時計に目をやる。
校舎正面の時計が朝礼前を告げようとしていた、まさにその時。
「うわわわわ、間に合ったぁ!学園長先生お早うございますっ!」
ばたばたと走り込んで来たのは、四角いリュックがまるでランドセルかと思う程の小柄な少女。
よほど急いで来たのか、肩までの髪はばさばさのまま。
「またギリギリニャ、柚子」
「朝ごはんは食べなきゃダメなんだよ?」
「それは昨日も聞いたニャ。鍵を出すニャ」
黒猫の前にすとん、と座り込んでリュックの中をゴソゴソと探った少女の手には銀色の四角いオルゴール。
「…足りないニャ」
ぼそりと言う猫の声に、少女は慌ててリュックをかき回し、取り出したのは音符の髪飾り。
「それを忘れたら駄目ニャ…通って良しニャ」
「ありがとう、コット。これ、お母さんが持って行きなさいって」
オルゴールと髪飾りをリュックに入れ、代わりに出て来たのは密封容器に入った大きな煮干し達。
「…賄賂かニャ」
「違うよぅ!」
ぷう、とふくれっ面になる少女の手が取り出された煮干しをぱくり、と受け取ると、黒猫は翠色の目を細めながらあっさりした口調で言う。
「薄味ニャ」
「塩分の取り過ぎは高血圧の元だから、って言ってたよ?」
「…ワタクシはそんな心配をされるほど年寄りじゃないニャ」
もぐもぐと煮干しを食べながら黒猫が言うと、少女は隣にいる老人に容器を渡しながら言う。
「だってお母さんがここに通ってた時からいるんでしょ?だったらやっぱり体に気を付けなきゃダメだよ」
にっこりと笑顔を向ける少女にほんの少しだけ優しい目を向けると、黒猫は思い出した様に言う。
「それはそれとして。早く教室に行かないと本格的に遅刻ニャ、柚子」
遅刻、の二文字に元々大きな目をますます丸くすると、柚子は急いでリュックを手にすると校舎へ走
り出す。
「…落ち着きがない子ニャ」
「身支度よりも、朝食と、これ、だった様ですな」
老人はそう言いながら黒猫の前に容器を置く。
「優しい子なのは分かるニャ…しかし、あれは、良い魔法少女になるか、落ちこぼれるか、両極端ニャ」
黒猫の手が容器から器用に煮干しをかじると、老人は蓄えた口髭に手をやりながら優しい声で答える。
「貴方がそうやって気にするとは、よほどあの子が気に入っているのでしょうかな、我が師よ?」
「…気のせいニャ。それ、部屋でゆっくり食べるから持って来るニャ」
黒猫はそう言うと、老人を先導する様に校舎へ歩き出す。
朝礼前を告げる鐘が、柔らかい音色を響かせていた。
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