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繚乱〜肆

最悪の事。
吉原では少なくない事。
好きな人と共にいたいが為に足抜けを考える。
それだけならまだ良い。
足抜けならば、それを見付かれば、見付かった女郎が自分の廓で罰を受けるだけだ。
勿論、相手にも相応の罰はあるけれど。
桜花の言う「最悪」が何を意味するのか。
朧月は頭に浮かぶ事を小さな声で呟く。
それは幼い頃から廓にいた朧月には聞き慣れた言葉。
「…心中」
今生で結ばれぬ仲ならばと閨の中での心中。
少ないとはいえ広い吉原で、耳にしない事件ではないのだ。
桜花は笑顔を崩さずに口を開く。
「わたくしね…女郎屋にいた時に何度もそれを目にしましたわ…だからあんな悲しい事、ここでは起きて欲しくありませんの」
さ、それをお持ちなさい。
桜花はそう言うと朧月に部屋に戻る様、ゆっくり休む様と話す。
桜花の部屋を出た朧月は自室へ帰り着くと、手の中の御札をじっと見る。
好いたお人。
その人と共に参りますと約束する御札。
「…好いたお人と共に…」
御札に向かって呟く。
頭に浮かぶのはただ一人。
だが。
朧月は御札を大事に文机の中に仕舞い込む。
「私は…あの人にとっては、ただの色子」
第一、記したとて受け取ってくれるとは限らない。
勿論相手の同意なく押し付けるつもりもないけれど。
けれどもし、受け入れてくれたなら。
朧月の胸はただ一人、近藤への想いに押し潰されそうになっている。
意識せず涙が流れる。
胸が痛い。苦しい。
両手で自分の体を抱き締めて、朧月は小さく、誰にも聞こえないだろう声を出す。
「ただの色子は嫌…私は…あなたが好きなんです…」
あなたが。
あなただけが好きなんです。
涙と一緒に溢れた言葉は、涙が着物に消える様に朧月自身の心に消えていった。
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