このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

繚乱〜参

そしてすぐ、はたと思い出した様に呟いた。
「こういう事件…前にもあったってお客から聞いた気がします」
いつ頃かは忘れてしまいましたけど。
そんな朧月の言葉に東雲は「ま、廓は安全だからね、心配ないさ」と笑って朧月の口元に茶菓子を持っていく。
「ほら朧月」
「頂きます」
開く朧月の口に菓子を押し込んで東雲は耳に聞こえる自分の名前に気付く。
部屋の中にいてもなぜか自分の名前だけは良く聞こえて困る。
そう独りごちると東雲は皐月を連れて、それでも楽しそうに部屋を出る。
紅葉と二人になった部屋の中、朧月は瓦版と向かい合って、以前に聞いたはずの客の言葉を思い出そうとした。
結果、朧月が思い出す事はなく、桜花の「こんな事件があったなら、安全と分かっている廓とてきちんとしなくてはいけませんわね」と鶴の一声で見世への刀剣一切の持ち込みを禁ずる貼り紙が、すぐさま見世の中に貼られた。
入り口で下駄を預かるのと同じ様に、刀剣一切も預かるのだ。
当たり前に刀など触った事もない番頭達の緊張はあったが、鞘から抜かなければ安全だと分かるとすっかり順応して、つつがなく業務を遂行していた。
廓に刀を持って来る客自体が少ないのは事実なのだが。
瓦版はそれからも何度か吉原に「辻斬り」の記事を運んで来た。
それを見る度に不安がる朧月に、東雲はいつも笑って言う。
「ここには、そんな無粋な事は起こらないさ。ま、ここでならせいぜい、色子と女郎で客の取り合いでもする位の騒動が起こる位さね」
吉原で過ごした日々が朧月よりも多少長い東雲だからこそ、そう言えるのだろう、朧月はそんな頼りがいのある東雲に笑顔を返す。
そして頭の片隅に思うのだ。
あの人は。
「外」にいるあの人は、何事もなく過ごしているのだろうか。
少しは、私の事を思い出してくれている…のだろうか。
そう、だったら、どれだけ。
15/16ページ
スキ