このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

繚乱〜参

九重屋に戻った真一郎と近藤は別々に時間を消費してから店の支度に現れる。
裏の仕事がなければ近藤の仕事は呉服屋の店子なのだ。
並んでいる反物を確認し、今日来る予定のお得意様の為に茶葉や茶菓子をしつらえる。
それが今日の近藤の仕事。
茶筒を右左に、悩む近藤の背中から真一郎が声をかける。
「全くお前って奴はどこまで仕事熱心なんだか…折角の座敷だったってのに」
「昨日の帰り道から何度同じ事を言えば気が済むんだ、真一郎」
「何度だって言うさ」
茶筒を並べる近藤の手から茶筒を奪い取って「これがいい」と茶々を入れながら真一郎は力説する。
「朧月だよ?あの桜花で引くて数多の太夫だよ?座敷に呼ぶのだって、逗留するのだって結構な花代なんだよ?それを袖にするなんて信じられない」
「俺はお前の護衛で行っている…酒だけで十分だ」
「だからって、朧月に手も触れないなんてのはないだろう?廓の中で斬った張ったなんて起きないって分かっているだろうに」
「それでもだ。親父殿への恩はこれしきでは返せんからな」
「義理人情は良いけどね、お前はそれで良いってのかい?」
ああもうこの唐変木!と真一郎は半ば嘆きながら店へ戻る。
こんな風に言いながらも、真一郎は店へ一歩入れば真面目な若旦那だと近藤も店子も知っている。
だからこそ、裏では気を抜いて自由に喋る事が出来る様にと皆が気にしている。
それを真一郎も知っているからこそ、店が上手く行くのかも知れない。
実際、昨夜近藤が朧月とどう過ごしたかを真一郎は知らない。
それ故の台詞だが近藤にとっては、それをどう上手く交わすかの技が問われる会話だった。
「良い訳がない…俺は今以上を望もうとしてる…そんな資格はないのにな」
近藤は小さくそう呟いて、真一郎が選んだ茶葉を丸い盆に乗せて台所へと運んで行く。
湯を沸かして、客が来たら茶を持って行かなくてはならないのだ。
13/16ページ
スキ