繚乱〜参
「朧月、あんた、近藤の旦那に付くって本当に?」
「はい…あちらからそう申し出があった、と伺っております」
「九重の若旦那と来るなら近藤の旦那はあたしと、って思ってたのに。ま、若旦那のお相手も久しいしねえ」
見世が開く前の風呂の中で、東雲はそう言って笑う。
「あんた、近藤の旦那の前でもそんな顔するのかねえ」
東雲に釣られて微笑む朧月の頬を指でつつきながら東雲が言うと、朧月は「それは…」と語を濁す。
そもそも朧月が笑うのは、客の中でも近藤の前だけなのだ。
だが恐らく「九重の若旦那」がそれを知らないだろう。
だとしたら、今日、近藤の前で「いつもの自分」になってはいけないのだ。
「じゃ、また座敷でね、朧月」
東雲は湯に浸かった長い髪を束ねながら、そう告げて先に出る。
朧月はその細い体を見送ってから、ふうと湯船に深く沈む。
顔の半分まで湯に浸かると、長い黒髪が水面をたゆたう。
会いたい人が来る。
でもいつもの様に笑えないかも知れない。
「以前の私は…どんな風だったんだろう」
朧月はそう独りごちてから風呂を出た。
体と髪を拭きながら自分の部屋に戻ると、待っていた様に紅葉が走り寄る。
その手には珍しく文が握られている。
「…あの方から…です」
差し出された文を朧月が開くと、そこには朧月が思っていた事が走り書きされていた。
「紅葉、九重の若旦那は私と近藤様が馴染みだとご存知ありません。いつもの様に、お相手が出来ませんから、覚えておいて下さいね」
「はい、姐さん」
「…あなたは近藤様が好きだから、寂しいかも知れませんね… 」
「寂しいのは姐さんもでしょう?」
素直な紅葉の言葉に朧月ははたと鏡を見る。
自分でも分かる「感情」が表に出た顔がそこに映ると、朧月は一言「そうですね」とだけを口にして、いつもの様に紅葉に髪を頼んだ。
「はい…あちらからそう申し出があった、と伺っております」
「九重の若旦那と来るなら近藤の旦那はあたしと、って思ってたのに。ま、若旦那のお相手も久しいしねえ」
見世が開く前の風呂の中で、東雲はそう言って笑う。
「あんた、近藤の旦那の前でもそんな顔するのかねえ」
東雲に釣られて微笑む朧月の頬を指でつつきながら東雲が言うと、朧月は「それは…」と語を濁す。
そもそも朧月が笑うのは、客の中でも近藤の前だけなのだ。
だが恐らく「九重の若旦那」がそれを知らないだろう。
だとしたら、今日、近藤の前で「いつもの自分」になってはいけないのだ。
「じゃ、また座敷でね、朧月」
東雲は湯に浸かった長い髪を束ねながら、そう告げて先に出る。
朧月はその細い体を見送ってから、ふうと湯船に深く沈む。
顔の半分まで湯に浸かると、長い黒髪が水面をたゆたう。
会いたい人が来る。
でもいつもの様に笑えないかも知れない。
「以前の私は…どんな風だったんだろう」
朧月はそう独りごちてから風呂を出た。
体と髪を拭きながら自分の部屋に戻ると、待っていた様に紅葉が走り寄る。
その手には珍しく文が握られている。
「…あの方から…です」
差し出された文を朧月が開くと、そこには朧月が思っていた事が走り書きされていた。
「紅葉、九重の若旦那は私と近藤様が馴染みだとご存知ありません。いつもの様に、お相手が出来ませんから、覚えておいて下さいね」
「はい、姐さん」
「…あなたは近藤様が好きだから、寂しいかも知れませんね… 」
「寂しいのは姐さんもでしょう?」
素直な紅葉の言葉に朧月ははたと鏡を見る。
自分でも分かる「感情」が表に出た顔がそこに映ると、朧月は一言「そうですね」とだけを口にして、いつもの様に紅葉に髪を頼んだ。