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繚乱〜参

朝の光が街をゆっくり歩く近藤の背を照らす。
その仄かな温かさは先刻まで共にいた美しい太夫の微笑みに重なり、近藤はふと足を止め吉原の方を見やる。
薄く色を変え始めた空に目をやれば、昨夜の朧月の表情の全てが頭に蘇る。
太夫らしい引き締まった顔。
まるで子供の様に少し拗ねた顔。
優しい微笑みと艶のある閨の顔。
表情に引き寄せられる様に、朧月の指も声も、全てが近藤の中に浮かび、胸の奥深い所をきりきりと締め付ける。
朧月が帰り際に見せた悲しげな微笑みは近藤の後ろ髪を盛大に引いたのだが、そこでまた立ち止まり、朧月を抱き締める訳にはいかなかった。
「…朧月…俺は、お前を…お前の」
声に出さずそれだけを口にして近藤は九重屋を目指し、心なしかゆっくりと歩を進める。
朧月に会って、朧月を抱いたからこそ、はっきりと分かった自分の中に生まれている感情。
それは、決して言葉にしてはいけないのだと、決して朧月に伝えてはいけないのだと分かる。
あの太夫の情人を手にかけた癖に、それを棚に上げて自分はあの太夫を自分のものにしたいと願う。
情人の事を詫びなくてはならない立場で、あの太夫の「情人」の立場が欲しいと、自分がそうなりたいと願う。
それ程に朧月に魅入られている。
それ程に朧月を想っている。
「全く…お門違いも甚だしいな」
俺は、人斬りなのに。
その言葉を振り切る様に近藤は頭を振り、己が進むべき方向を見据える。
程なく目の前に見えてきた九重屋の看板に、近藤は襟を整えてから足を向ける。
どうせ入るのは裏口からだが、それでも居住まいを正さなくてはいけないと、近藤の中にある武士の誇りがそう告げていた。
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