繚乱〜弐
夏から秋に変わるのが分かる様な涼しい午後。
桜花の廊下をばたばたと走って紅葉が朧月の部屋に駆け込む。
勿論、廊下を走るなど禿として決してしてはならない事だと紅葉が知らない訳がない。
だが紅葉には走ってでも朧月に報せなくてはならない事があったのだ。
「姐さん…姐さん」
「廊下を走ってはいけないと言ったでしょう、紅葉。そんな基礎を…」
叱咤しようとした朧月の目が向いたのは、紅葉の手にある袱紗包み。
「その袱紗は?」
朧月が訊ねると、紅葉は息を整えてからゆっくりとそれを朧月に手渡す。
紫色の、どこにでもある袱紗。
さらりと開くと、袱紗の隅に小さく「九重」の文字がある。
途端に高鳴る胸を抑えながら、朧月の手が袱紗を開くと、そこには紅い帯留めと帯締め紐。
柄もない、あっさりした帯留めと紐に紛れた小さな紙切れに書かれた一文字の漢字は、朧月に贈り主をはっきりと教えている。
「…近藤、様」
朧月は「近」と記されただけの小さな紙切れを胸に、泣きそうな顔をしながら呼びかけた。
当たり前だが、その日の着物は贈られた帯締め紐と帯留めに合わせて選ばれ、紅葉はいつもよりも楽しく朧月の髪を整えて結い上げた。
人を待つ。
それは朧月にも紅葉にも、久しぶりの感覚だった。
夕闇が降りる頃、近藤はあっさりした紺の無地に紺の羽織姿で現れた。
腰の刀が無ければ「若旦那」と言われるのだろうが、刀がある、それだけで近藤は立派な「武家の人間」に見えた。
とは言え、元々がそうなのだから、今更そう見えても至極当たり前な事なのだが。
桜色の暖簾を潜ると、それを待ち構えていた様に紅葉が現れて、近藤に会えた嬉しさを抑えながらきちんとした挨拶をする。
「いらっしゃいませ」
「世話になる」
「…はい、主様」
紅葉は満面の笑顔を浮かべて、弾む足取りで近藤を部屋に案内した。
桜花の廊下をばたばたと走って紅葉が朧月の部屋に駆け込む。
勿論、廊下を走るなど禿として決してしてはならない事だと紅葉が知らない訳がない。
だが紅葉には走ってでも朧月に報せなくてはならない事があったのだ。
「姐さん…姐さん」
「廊下を走ってはいけないと言ったでしょう、紅葉。そんな基礎を…」
叱咤しようとした朧月の目が向いたのは、紅葉の手にある袱紗包み。
「その袱紗は?」
朧月が訊ねると、紅葉は息を整えてからゆっくりとそれを朧月に手渡す。
紫色の、どこにでもある袱紗。
さらりと開くと、袱紗の隅に小さく「九重」の文字がある。
途端に高鳴る胸を抑えながら、朧月の手が袱紗を開くと、そこには紅い帯留めと帯締め紐。
柄もない、あっさりした帯留めと紐に紛れた小さな紙切れに書かれた一文字の漢字は、朧月に贈り主をはっきりと教えている。
「…近藤、様」
朧月は「近」と記されただけの小さな紙切れを胸に、泣きそうな顔をしながら呼びかけた。
当たり前だが、その日の着物は贈られた帯締め紐と帯留めに合わせて選ばれ、紅葉はいつもよりも楽しく朧月の髪を整えて結い上げた。
人を待つ。
それは朧月にも紅葉にも、久しぶりの感覚だった。
夕闇が降りる頃、近藤はあっさりした紺の無地に紺の羽織姿で現れた。
腰の刀が無ければ「若旦那」と言われるのだろうが、刀がある、それだけで近藤は立派な「武家の人間」に見えた。
とは言え、元々がそうなのだから、今更そう見えても至極当たり前な事なのだが。
桜色の暖簾を潜ると、それを待ち構えていた様に紅葉が現れて、近藤に会えた嬉しさを抑えながらきちんとした挨拶をする。
「いらっしゃいませ」
「世話になる」
「…はい、主様」
紅葉は満面の笑顔を浮かべて、弾む足取りで近藤を部屋に案内した。