繚乱〜弐
その日から季節が夏を終わろうとする頃まで、近藤は一切桜花に訪れなかった。
夏本番で浴衣やら紗やら絽やらの仕立てが増え、忙しさの増した九重屋の仕事にいよいよ痺れを切らした真一郎が「手伝いな!」と一声、本格的にやらされていたのが理由だが、桜花にそんな話が伝わっている訳もない。
勿論、近藤一人が来なくとも花街一の廓、桜花の賑わいは普段と変わらず寧ろ忙しくなった位で、それは朧月も東雲も同じだった。
「朧月姐さん」
賑やかな宴会の最中の部屋に紅葉が声をかけると、朧月は客に断りを入れて部屋から外へ出る。
「回しのお客様が入りました」
「紅葉、その…」
「…本日も報せはありません…きっとお忙しいのですよ」
朧月が聞かんとした言葉を口にせずとも理解した紅葉が、少し寂しそうに言う。
朧月はそんな紅葉に黙って頷くと、しゃんと前を向いて、紅葉に導かれて客の待つ寝間に向かった。
挨拶もそこそこに寝間に入る朧月の背を見送って襖を閉めた後、襖を背にして紅葉は思う。
主様。
主様がお上りないからか、姐さんはまた、滅多に笑わなくなってしまいました。
主様が姐さんの側にいて下さったら、きっとまた姐さんは笑ってくれます。
「…主様…」
寝間の前、膝を抱えた紅葉の独り言は誰にも聞こえてはいなかった。
夏本番で浴衣やら紗やら絽やらの仕立てが増え、忙しさの増した九重屋の仕事にいよいよ痺れを切らした真一郎が「手伝いな!」と一声、本格的にやらされていたのが理由だが、桜花にそんな話が伝わっている訳もない。
勿論、近藤一人が来なくとも花街一の廓、桜花の賑わいは普段と変わらず寧ろ忙しくなった位で、それは朧月も東雲も同じだった。
「朧月姐さん」
賑やかな宴会の最中の部屋に紅葉が声をかけると、朧月は客に断りを入れて部屋から外へ出る。
「回しのお客様が入りました」
「紅葉、その…」
「…本日も報せはありません…きっとお忙しいのですよ」
朧月が聞かんとした言葉を口にせずとも理解した紅葉が、少し寂しそうに言う。
朧月はそんな紅葉に黙って頷くと、しゃんと前を向いて、紅葉に導かれて客の待つ寝間に向かった。
挨拶もそこそこに寝間に入る朧月の背を見送って襖を閉めた後、襖を背にして紅葉は思う。
主様。
主様がお上りないからか、姐さんはまた、滅多に笑わなくなってしまいました。
主様が姐さんの側にいて下さったら、きっとまた姐さんは笑ってくれます。
「…主様…」
寝間の前、膝を抱えた紅葉の独り言は誰にも聞こえてはいなかった。