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繚乱〜弐

仕事は手早く終わる。
夜の闇に紛れて、足音を潜め、そうとは知らずに夜の街を歩く目標を見付け、何も考えずに刀を振り下ろせばすぐ。
日付が変わる前に出かけた近藤が九重屋の裏口に辿り着いたのは、出かけてから一時、経ったか経たないかの頃だった。
縁側に座り傍らに刀を置くと、どこからともなく人が現れる。
「湯の支度が整ってございます、近藤様」
「いつも済まないな」
「これが私の仕事でございますから」
顔も合わさないまま言葉を交わし、顔も合わさないまま姿を消す「九重の人間」に、近藤は仕事の度に感心する。
首尾は、とか、仕事の結果を一度も聞いた事がない。それなのに翌日、遅くとも二日以内には報酬が払われる。
雇われて人を斬る事に疑問を感じた事がない訳ではないが、その世界で生きる者もいれば、自分の様にその世界でなくては生きられない者もいる。
「…親にも言えない、がな」
湯船の中でそう独りごちた時、ふと頭の中に昼間見た朧月の笑顔が浮かぶ。
美しいと思った。
酒の席にいるよりも、自分の腕の中にいるよりも。
「俺が…した事を知ったら…あの顔は見られないかも知れないな…」
ぱしゃりと顔に湯をかけ、近藤はそのまま湯桶の縁にもたれて目を閉じる。
もしも。
自分の旦那だった、一度は惚れた男を斬ったのが俺だと分かったら。
もう朧月には会えないかもしれない。
あの美しい太夫を抱く事も、耳障りの良い声で名を呼ばれる事も。
好きだと。
お前が愛しいと伝える事すらも出来ないだろう。
「花街の太夫に惚れた…か」
近藤は半ば投げやり気味にそう口にすると風呂を後にした。
朧月は桜花の太夫。
惚れた腫れたなど言う客は、自分以外にも、山程いるに違いないのだ。
無理矢理、そう思った。
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