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繚乱〜弐

桜花への届け物を終えた近藤を待っていたのは、番頭の「旦那様がお呼びでございます」の一言だった。
近藤は前掛けもそのままに、奥にある「九重の元締め」を訪ね、程なく今宵の仕事を言い遣っていた。
真一郎の所へ戻ると、珍しくのんびりしている真一郎に遭遇する。
「暇そうだな」
「ああ、今日こそ桜花に行こうかね」
桜花への手付け金を届ける為にいそいそと財布を探す真一郎に、近藤はあっさりと外出禁止を告げる。
仕事が入るという事は、斬らねばならない者がいる、という事で、それを分かっていて「九重の跡取り」を、たとえ行き先が吉原だったとしても外へ出す訳にはいかない。
だが理由が明白だとしても、簡単に納得が出来ないのは、真一郎だ。
「嫌がらせだ。絶対に嫌がらせだ」
「真一郎」
「折角暇が出来たってのに!何だってこうなるんだい!」
こうなったら良い物食べてやる!
真一郎はそう言うやいなや、番頭を呼びつけて「一番上等な」魚やら菓子やらを「親父殿の勘定で」買いに走らせた。
「…店の皆の分もある…お前も、仕事前に食べてお行き」
真一郎はそう言うと店に足を進める。
店子の分も「一番上等な」物がある事をきちんと知らせなくてはならなかったのだ。
近藤はその背中を見送ってからようやく前掛けを外し、押し入れに仕舞い込んでいた刀を取り出す。
今宵の仕事の為、手入れをしなくてはならないのだ。
まだ日の光がある部屋の隅、刀を抜けば刀身が庭の光を映す。
柄を返すと次に映るのは近藤自身の目。
人を斬る。
それを生業とした者の目。
思い返せば初めて人を斬った日は、眠るのが怖かった。
斬った者が今にも自分を奈落の底へ堕とさんと狙っている様に思えたからだ。
だが、それも何人かを斬る事で無くなっていった。
「慣れた…とは、言いたくないがな…」
近藤は刀に向かってそう独りごちた。
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