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繚乱〜弐

「私も桜花に行きたいんだけどね」
店の中、今日こそは店を手伝えと迫る真一郎に捕まった近藤は、畳の上でずっと反物を巻く手を動かしながら真一郎の恨みがましい台詞を聞いていた。
「全く、何で夏ってのはこう売上が良いんだか…ちょっとは暇になってくれても良いのにさ」
いつもより数倍分厚い帳簿を慣れた手付きで捲りながら真一郎がぼやく。
近藤は巻き終えた反物を棚に仕舞いながら「繁盛するのは良い事じゃないか」と笑う。
「お前は母御の為にこの店を護るんだろう?暇になってしまっては母御に顔向け出来まい」
「そうなんだけどね」
「桜花へ行きたいだけが理由だと、やがて母御が夢枕に立ちそうだな」
「違いないね」
真一郎はそう言って近藤に笑顔を向けると、傍らに避けてあった数本の反物を風呂敷に包み、近藤に差し出した。
「これは?」
不思議そうに訊ねる近藤に真一郎は畳紙に包まれた着物を渡しながら言う。
「こっちはお前の。反物は桜花に届けておくれ。今すぐ」
「…俺が、か?」
「私が行ければお前になんぞに頼まないよ。この後、お得意様が来るんでね」
惚れた腫れたより今の時期は商売さ。
真一郎はそう言うと袖をひらひらさせながら店の方へ戻る。
なんだかんだと言いながらも結果、商売を選ぶ辺りはやはり生粋の商売人だと近藤は真一郎の背中を見送り、反物の包みを片手に裏口から外へ出た。
店の仕事を手伝う時には必ず店の名前が染め抜かれた紺の前掛けをつけているし、今の身綺麗な近藤なら店の正面から出ても構わないはずなのだが、それでもつい裏口を使うのは近藤が長くいる「裏の仕事」のせいかもしれなかった。
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