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繚乱〜弐

むろん朧月とて桜花の太夫、人から物を貰う事がない訳ではない。
昔、あの人から薬を貰った時も「嬉しい」感情はあったし、他の客から着物や帯を貰った時も「嬉しい」と思った。
が、今目の前で苦笑いを浮かべる人は、この人が向ける気持ちは、今までのどの時よりも違う。
胸の奥がじんとして、暖かくて、優しくて、切ない。
「姐さん、どうされました?」
「朧月」
二人の声に考えていた頭を元に戻した朧月は、頬にあたる布の感触にはたとする。
目の前には袖を朧月の頬にあてる紅葉の心配そうな顔と、同じ様に心配そうな近藤の顔。
「私…」
朧月は気付く。
紅葉の手がない、反対側の頬が濡れている。
これは、自分の涙だと。
「大丈夫か、朧月…どこか具合が悪いのか?」
「い、いえ…そうではありません…」
失礼を。
そう口にした瞬間、朧月は近藤の腕の中にいた。
着物越しに感じる近藤の体温の心地良い温かさが朧月に伝わる。
「理由は分からんが…泣くなら遠慮は要らん」
「近藤様」
「誰だって泣きたい時はある。気持ちの糸が切れれば、意味もなく泣く時もある。お前の中にも、きっとそういう事があるんだろう」
近藤は優しい声音でそう言うと、朧月の背中に回した手をぽんぽんと、赤子を落ち着かせる様に叩く。
朧月はほんの少しだけ、近藤の胸の中で、理由の分からない涙を流していた。
悲しいとか、辛いではない、不思議と落ち着いた感情があった。


しばらくの後。
落ち着いた朧月は涙ですっかり化粧が落ちた事に気付き、紅葉を伴って直しに部屋を出る。
近藤は寧ろ化粧無しでも構わないと言うのだが、今日の朧月の客は近藤だけではない。
勿論逗留するのは近藤だけだが「太夫」とは言うものの逗留する客のみの相手をするのではないのが花魁桜花の決め事「回し」と呼ばれる部屋に通される「短時間の客」もいるのだ。
化粧を直した朧月が近藤の部屋に戻ったのはそれからもう少し時が過ぎた頃で、それまでは紅葉が近藤の話し相手を勤めた。
きゃあきゃあと楽しそうな紅葉に近藤も自然と柔らかい笑顔を向ける。
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