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繚乱〜弐

近藤が真一郎の「また一人で行くんだね、私がこんなに忙しいってのにさ」と言わんばかりの視線を背に受けながら九重屋を後にして桜花を訪れたのは、夕方の茜色が紺に染まる頃だった。
変わらず迎えに出る紅葉の、ちりんと風鈴の付いた可愛い頭を撫でながら部屋に入り、きちんと据えられた膳を前に座布団に座り込む。
桜花の肴はその日に採れた野菜や魚を使うらしく、訪れた日は数える程だが同じ肴を見た事はない。
そんな部分にも「花魁桜花」のこだわりがあるのだろうなと近藤は今更ながら、この廓を作った稀代の花魁に感心する。
「太夫のお越しにございます」
外からの紅葉の声。
開いた襖の向こうには美しい水流が描かれた鮮やかな着物に身を包んだ朧月。
着物に合わせたのだろう、一部のみ結い上げた髪と、流れる髪が着物と重なっていて、朧月の艶を一層引き立てる。
「本日のお上り、有り難うございます、近藤様」
部屋に入り、近藤の隣で軽く頭を下げる朧月の髪に、見覚えのある飾りを見付けた近藤は、表情を和らげる。
「身に付けてくれたのか」
「折角頂いた物、身に付けねば飾っておくだけでは勿体無いでしょう?」
「紅葉の髪の風鈴を見た時も思ったが…人に、自分が贈った物を身に付けて貰うのは、嬉しいものだな」
近藤はそう言って朧月の長い髪に手を伸ばす。
艶のある髪はその指にも心地良い。
「近藤様とて、好いた方に物を贈った事位おありでしょうに、その様な」
酒を注ぎながら朧月が言うと、近藤はそれを干してから杯に目を向けたまま苦笑いを浮かべる。
「いや、物を贈ったのは、お前と紅葉が初めてだ」
「え…?」
「俺はあまりそういう…誰かに何かを贈った事がなくてな…実は、先にお前達に贈った物も店で店子に勧められた物だ」
だが、と近藤は言葉を続ける。
「今日のは違う。お前と、紅葉。二人の顔を思って選んだ」
近藤の静かな言葉に朧月の胸が高鳴る。
この人は、どうしてこんなに自分に「知らない感情」ばかりを与えるのだろうと。
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