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繚乱〜壱

床入りの知らせを耳にしながら近藤は朧月を見る。
艶のある長い黒髪。
白磁の肌に目元と唇にある紅色。
整った顔と華奢な身体を彩る着物。
同じ男なのに体格も顔付きも自分とは正反対だ。
この美しい男を一目見る為に。この美しい男と一夜を過ごす為に。
一体何人の男が、どれだけの金を使ったのだろうか。
そんな事を何となく考えていると、すいと紅葉の手を取って朧月が立ち上がる。
真一郎と何度か来ているからここからの段取りは分かる。
とはいえ、まさか初顔の自分にこの美しい太夫が手を差し出す事はないだろう。
近藤がそう思った瞬間。
近藤の視界に白い手が入る。
「主様、お手を」
なかなか動かない近藤を紅葉の声が促す。が、近藤は依然朧月の手を取ろうとしない。
「主様」
紅葉が何度目かに呼びかけた時、朧月は紅葉の手を離し、座布団の位置など気にせずに近藤の目の前に座り込む。
「東雲姐さんからおおよその話は伺っています…あなたが東雲姐さんに手を触れなかったのは、九重の若旦那がいたから…仕事だから、なのでしょう?今宵は、あなたお一人ではありませんか」
「だが俺は初顔だ。作法があるだろう…確か、床入りは三度目の筈だ」
「それは女太夫の作法でしょう?ここにはそんな作法はございません」
「それでも」
渋る近藤に朧月は太夫としての誇りを持って問いかける。
「私は…男は抱けませんか?」
「そ、そういう意味ではないが…」
「私の客は、私が、選ぶんです」
もしかしたら花代の事を気遣っているのかもしれないと下世話な事が近藤の頭に浮かんだ刹那、ああそれと、と再び紅葉の手を取りながら朧月が続ける。
「花代の多少は、選ぶ基準にもなりませんから」
全てを見透かす様に近藤を見る目。
改めて差し出された手。
この手を差し出された、という事は、自分が今宵の太夫の相手。
この美しい男を一夜、自分だけのものに。
そう意識した途端に朧月から感じるのは、女にはない極上の色香。
近藤の頭はその瞬間、それまで小さくあった「自分はこの太夫の旦那を手にかけたのだという罪悪感」をすっかり消し、その手は朧月が差し伸べた白い手を取っていた。


繚乱〜壱


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