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繚乱〜壱

朧月が部屋に戻っても、近藤と紅葉の穏やかさは変わらなかった。
寧ろ朧月が戻って安心したのだろう、紅葉の表情が子供らしいものになっている。
姐さん、姐さんと笑いながら話す紅葉は朧月から見ても可愛らしく、近藤も恐らくそう思うのだろう、軽くちょっかいを出したりしている。
「そういえば」
思い出した様に朧月が口を開く。
「九重の若旦那がご一緒でないのは…お珍しいですね」
「真一郎は帳簿と反物に手一杯だ…ああ、朧月に会えないのが寂しいと嘆いていた」
「お忙しい時期、ですからね…」
朧月はそう言うと、紅葉に用を耳打ちで言いつけて座を外させる。
あの子に聞かせたくない話ですから、と小さく前置きして、朧月は表情を変えぬまま、その目をきっと鋭くさせて近藤の顔を見る。
「茶屋から聞きました。一夜の逗留に余る花代を置いて行ったと…しかも私と紅葉に櫛や簪まで…どういうおつもりなんですか」
近藤はきっと自分を見る美しい太夫から目を反らさずに低い声で言う。
「…泡銭だ。仕事をした金だが、全部使ってしまいたかった…どういうつもりもない」
「それにしても多すぎます…お帰りの時に、残りをお返し致しますから」
「紅葉の用事はそれか…返す位ならお前や紅葉で使えば良い。俺には」
必要ないと言いかけた近藤の口を朧月の指が止める。
変わらず表情は動かないが、その目はもう穏やかだ。
「…いくら泡銭でも、あなたが仕事をした金子、軽々しく使うものではありません…近藤様」
それに、と朧月は近藤から離れ、酒を満たした杯を手にする。
「お返し出来る金子は、近藤様が思うほどないでしょうし」
桜花の花代は、安くありませんから。
朧月がそう言って杯を一気に干し、それにまた酒を満たして近藤に手渡す。
「あなたが何か良からぬ事を考えていたらと思って紅葉を行かせましたが…考え過ぎました。紅葉が、そろそろ戻ります…さ、一献」
近藤が渡された杯を空にするのと、用事を済ませた紅葉が戻り「そろそろお床入りにございます」と告げたのは、ほぼ同じ頃だった。
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