繚乱〜壱
ふと朧月の中に昔の記憶が甦る。
笑い合えた。
愛し合えた。
でも。
「…っ」
朧月はくるりと体を返し、襖に背を預ける。
長い髪が俯く朧月の顔を隠し、表情を見せないが、襖にある白い指は力を込めて襖に当てられている。
耳に入る紅葉の声は本当に楽しいのだと分かる位。
その中に自分が戻ったら、きっと今の楽しさはなくなってしまうのだろう。
朧月はそのまま部屋の向かい側で、吹き抜けの廊下から階下を眺めていた。
それから数分が過ぎたろう時、不意に部屋の襖が開く。
「朧月」
呼ばれた声に朧月が振り向くと、そこには穏やかな表情の近藤。
「どうかしたのか?」
近藤はそう言いながら朧月に近付き、同じ様に階下を見る。
「なかなか戻らないから、紅葉が心配している…あの子は優しい子だな」
「ええ…良く気も付いて…あの子なら私を凌ぐ太夫になるでしょう」
「そうか。なら…朧月の気分が落ち着いたらで良い。紅葉の心配をなくす為にも、部屋に戻ってやってくれ」
誰しも、気が荒れる事はあるものだ。
近藤は静かにそう言うと体を返して部屋へ戻り襖を閉める。
朧月はその背中を見ながら不思議に思い始めていた。
今まで、部屋に戻らない事がなかった訳ではない。
そんな時、決まって客は「早く戻ってくれ」とか「お前がいないとつまらない」とか「機嫌を直してくれ」とか、見え透いたお世辞を並べて来た。
そうなると「仕方ない」と思いながら部屋へ戻り、気乗りしないままに酒の相手をする。
太夫と言う看板を傷付ける事はすまいと思う傍らで、気の抜けない状況に疲れ、今の様に気分が荒れる事が多々あるのが自分だ。
だがそれを表には出さなかったし、客もそんな風に自分が感じているとは微塵も気付かない。
それなのに。
近藤次郎。
あの人は自分の不安定な気持ちに一目で気付いた。しかも戻る事を急かしもしなかった。
「おかしな人…」
朧月はそう呟くと、ゆっくりと部屋へ戻って行った。
笑い合えた。
愛し合えた。
でも。
「…っ」
朧月はくるりと体を返し、襖に背を預ける。
長い髪が俯く朧月の顔を隠し、表情を見せないが、襖にある白い指は力を込めて襖に当てられている。
耳に入る紅葉の声は本当に楽しいのだと分かる位。
その中に自分が戻ったら、きっと今の楽しさはなくなってしまうのだろう。
朧月はそのまま部屋の向かい側で、吹き抜けの廊下から階下を眺めていた。
それから数分が過ぎたろう時、不意に部屋の襖が開く。
「朧月」
呼ばれた声に朧月が振り向くと、そこには穏やかな表情の近藤。
「どうかしたのか?」
近藤はそう言いながら朧月に近付き、同じ様に階下を見る。
「なかなか戻らないから、紅葉が心配している…あの子は優しい子だな」
「ええ…良く気も付いて…あの子なら私を凌ぐ太夫になるでしょう」
「そうか。なら…朧月の気分が落ち着いたらで良い。紅葉の心配をなくす為にも、部屋に戻ってやってくれ」
誰しも、気が荒れる事はあるものだ。
近藤は静かにそう言うと体を返して部屋へ戻り襖を閉める。
朧月はその背中を見ながら不思議に思い始めていた。
今まで、部屋に戻らない事がなかった訳ではない。
そんな時、決まって客は「早く戻ってくれ」とか「お前がいないとつまらない」とか「機嫌を直してくれ」とか、見え透いたお世辞を並べて来た。
そうなると「仕方ない」と思いながら部屋へ戻り、気乗りしないままに酒の相手をする。
太夫と言う看板を傷付ける事はすまいと思う傍らで、気の抜けない状況に疲れ、今の様に気分が荒れる事が多々あるのが自分だ。
だがそれを表には出さなかったし、客もそんな風に自分が感じているとは微塵も気付かない。
それなのに。
近藤次郎。
あの人は自分の不安定な気持ちに一目で気付いた。しかも戻る事を急かしもしなかった。
「おかしな人…」
朧月はそう呟くと、ゆっくりと部屋へ戻って行った。