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繚乱〜壱

「太夫がお見えになりました」
外からの声に合わせて襖が開く。姿を見せたのは美しい黒髪を高い位置で一つに結びつけた太夫。
「本日のお上り…」
「堅苦しい挨拶は構わない…」
「え?」
下げていた頭を不意の言葉に上げた、その目には驚きの色が見える。
「…口上を途中で切られるなんて初めてでございます」
「知らぬ顔ではないだろう、朧月」
「九重の若旦那のお供、としか存じませんが」
口とは逆に手は滑らかに動き、近藤の杯には酒が満たされる。
杯に向いていた朧月の目が近藤に向くと、近藤は酒を干してから口を開く。
「近藤次郎。今宵は宜しく頼む」
「近藤…様」
朧月の目がじっと近藤を見る。
当たり前だがそれに気が付いている近藤も、朧月から目を反らす事をしない。
朧月は男の目から見ても美しいと思う位の美男子、近藤とて男振りは真一郎に引けを取らない。
しばらく見つめ合う形になると、近藤はふと微笑む。
「朧月は美しいな」
近藤の言葉に朧月は表情を変えずに酒を勧めながら言う。
「お世辞のお上手な方なのですね、近藤様は」
「世辞は苦手だ」
「では素直に受け取りましょう…お誉め頂き、有り難うございます」
無表情なまま朧月は軽く頭を下げる。長い黒髪がさらりと着物の上を流れる。
「いつもの様に結い上げていないのだな」
「禿が…紅葉が、今宵は髪を下ろしてみてはと申しましたから…お気に召しませんか?」
「いや、逆だ。とても良く似合う」
近藤の飾らない言葉が新鮮な驚きを朧月に与える。
その後、朧月が何度か席を外した後で戻って来た部屋では、きゃあきゃあと楽しそうに笑い合う紅葉と近藤の姿があった。
襖を開こうとした朧月の耳に届く紅葉と近藤の笑い声。
一瞬、襖を開く手が止まる。
今までの客の中で、こうも紅葉が楽しそうに笑う客がいただろうか。
九重の若旦那でさえ紅葉は朧月が戻るまでを大人しくして過ごしていたのに。
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