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繚乱〜壱

次に近藤の視界に入ったのは、文机に置かれた紫色の袱紗包みだった。
いつ置かれたのかも分からない。
恐らく「仕事」を終え、風呂を使い、まるで気絶する様に眠りに落ちた、その間の事だろう。
普段なら眠っていても人の気配に目を覚ますはずなのに、今回はよほど消耗していたのだろうと近藤は布団の中で思う。
しばらく布団の中にいると徐々に頭が冴えたのか、近藤は体を起こし、袱紗包みを取る。
不自然なほどの重さが腕に伝わる。
「…泡銭だ…」
手元に置く事も家に送る事もしたくない。
そう思った近藤の頭に浮かんだのは一面の桜と白い指。
「…あそこなら…」
近藤はそう呟くと人を呼び、袱紗包みごと手渡した。
しばらくの時間が過ぎ、袱紗を戻しに来た者は「お話が整いました」と告げ、近藤はそれに無言で頷くと、着替えて九重屋の裏口から出て行った。
夕方までの時間を何となく、ぼんやりと過ごしたくなったのだろう、近藤の足は川縁や人の少ない茶屋へ向き、町の流れが変わる頃になるとその波に逆らう様に吉原の門をくぐっていた。
無愛想ではあるが男振りは高い近藤に、周りの見世から声がかかる。
が、近藤はそちらを見る事もせず真っ直ぐに「桜花廊」の暖簾をすり抜けた。
見世に入ると変わらない番頭が挨拶に顔を出し、近藤を部屋に案内すべく禿が現れる。
「お待たせ致しまし、た」
近藤の顔を見て目を丸くしながら禿が言う。恐らく予想した客ではなかったからだろう。
「予想外で悪いな」
「…!こちらへどうぞ」
一瞬、近藤に考えた事を見抜かれた驚きに表情を変えたが、小さな禿は気を取り直したのだろう、真面目な顔に戻って近藤を導いた。
程なく案内された部屋には既に酒と肴を設えた膳と、座布団が並べられている。
いつもなら二つ並ぶ膳が今日は一つ。
不思議な気分だったが近藤はそれを顔には出さず、座布団に座り込んだ。
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