繚乱〜壱
吉原。
お職から着物やら櫛やらを盗んだ盗人。
生死は問わないから懲らしめてくれと言われた。
人の物、しかも苦労しただろう吉原のお職の物を盗って逃げる奴などと頭に血が上った。
調べがついた寝床。
夜を待って一気に押し入った。
許してくれと喚いていた。
けれど許せなかった。
刀が一閃、呆気なく男は息絶えた。
周りを探したが盗まれた物は何も見当たらなかった。
次の夜、もしかしたらと岡場所を回ったが男の名乗った名は本名ではなかった。
当たり前に盗まれた品は何も見つからなかった。
駄目でさぁ、と利介が言った。
「せめて、何か一つでも…取り戻してやりたかった」
あの時の言葉が喉をついて声になる。
ああ、あの時のお職が朧月だったのか。
あの男が朧月の。
「俺が斬った男が…朧月の」
近藤はふらふらと立ち上がり、柱を支えにしながら店の奥へ歩く。
今は何も考えたくなかった。
そんな事を理由にして「元締め」を訪ねる為に。
その日から数日。
近藤は九重屋に戻らなかった。
真一郎は心配こそしていなかったが、しみじみと「生き方が不器用な男だ」と呟いていた。
恐らく、思い出せば近藤がどうなるかを分かっていたのだろう。
真一郎は近藤を呼ぶ事も、そう決めた理由も最初に父親から聞いていた。
が、朧月に関係があった事は近藤が来た後に知った事で、勿論朧月と会った事も意図した事ではなかった。
だが、結び付かないだろうと思った糸は、真一郎の考えの及ばない部分で結び付いた。
「そういう所を掴み取るのは近藤の勘の良さの賜物、とでも言うんだろうけど…あいつは、自分ってものを持て余し過ぎてるんだよ。もう少し気を抜けば、もっと楽な生き方だってあるのにね」
そう呟いた真一郎に、側にいた番頭が「それは若旦那も、でございますよ」と笑う。
真一郎は小さく「そう、かもしれないね」とだけ言うと、暖簾をくぐるお客を視界に入れたのだろう、自然とそれまでの「真一郎」ではなく「商売人」の顔になっていた。
お職から着物やら櫛やらを盗んだ盗人。
生死は問わないから懲らしめてくれと言われた。
人の物、しかも苦労しただろう吉原のお職の物を盗って逃げる奴などと頭に血が上った。
調べがついた寝床。
夜を待って一気に押し入った。
許してくれと喚いていた。
けれど許せなかった。
刀が一閃、呆気なく男は息絶えた。
周りを探したが盗まれた物は何も見当たらなかった。
次の夜、もしかしたらと岡場所を回ったが男の名乗った名は本名ではなかった。
当たり前に盗まれた品は何も見つからなかった。
駄目でさぁ、と利介が言った。
「せめて、何か一つでも…取り戻してやりたかった」
あの時の言葉が喉をついて声になる。
ああ、あの時のお職が朧月だったのか。
あの男が朧月の。
「俺が斬った男が…朧月の」
近藤はふらふらと立ち上がり、柱を支えにしながら店の奥へ歩く。
今は何も考えたくなかった。
そんな事を理由にして「元締め」を訪ねる為に。
その日から数日。
近藤は九重屋に戻らなかった。
真一郎は心配こそしていなかったが、しみじみと「生き方が不器用な男だ」と呟いていた。
恐らく、思い出せば近藤がどうなるかを分かっていたのだろう。
真一郎は近藤を呼ぶ事も、そう決めた理由も最初に父親から聞いていた。
が、朧月に関係があった事は近藤が来た後に知った事で、勿論朧月と会った事も意図した事ではなかった。
だが、結び付かないだろうと思った糸は、真一郎の考えの及ばない部分で結び付いた。
「そういう所を掴み取るのは近藤の勘の良さの賜物、とでも言うんだろうけど…あいつは、自分ってものを持て余し過ぎてるんだよ。もう少し気を抜けば、もっと楽な生き方だってあるのにね」
そう呟いた真一郎に、側にいた番頭が「それは若旦那も、でございますよ」と笑う。
真一郎は小さく「そう、かもしれないね」とだけ言うと、暖簾をくぐるお客を視界に入れたのだろう、自然とそれまでの「真一郎」ではなく「商売人」の顔になっていた。