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繚乱〜壱

店が忙しいという事は、桜花から足が遠のく、という事で、今日も真一郎の手伝いにかり出された近藤はふといつかの真一郎の言葉を思い出す。
「真一郎、聞いても良いか」
「ああ、丁度休みたかったんだ」
真一郎は帳簿を睨む目を近藤に向け背伸びをすると、部屋の外に向かって冷たい物を頼み、縁側の日陰を選んで近藤と座り込んだ。
程なく女中が冷えた茶を運ぶと、真一郎と近藤はそれを一気に空にする。
「で、何だい?」
蝉の声を耳にしながら真一郎が言うと、近藤はおもむろに口を開く。
「桜花の、太夫の事だ」
「東雲かい?それとも朧月?」
「…朧月だ。以前、あの太夫は決して旦那を取らないと話していただろう」
真一郎は薄く笑うと口を開く。
「あの子はね、昔、って言っても二年か三年か前だけど…それまでは本当に表情が豊かな子でね」
「今は表情がない様に見えるがな」
「旦那がいたんだよ。傍目にも似合いのね。でも、そいつが急に姿を消して以来、あの子は笑わなくなったんだ」
近藤は湯呑みを盆に戻すと、どことなく視線を泳がせ、小さな声で問う。
「旦那がいなくなった理由は…知っているのか?」
ふと動く近藤の目の光。それに気付きながら真一郎は続ける。
「知ってるよ。でも私よりお前の方が良く知ってるんじゃないかねえ?」
「…俺が?」
「親父様はどこでお前の腕と評判を知ったと思うんだい?それに、お前は斬った人間を覚えてるんだろう?思い出してごらんよ。ここへ来る前を」
真一郎はそう言うと「しばらく手伝いは良い」と近藤に言い残して店へ戻る。
途端に聞こえる賑やかな声。どうやらお得意様らしい。
それを聞きながら近藤は頭を働かせる。
ここへ来る前。
確かに近い時期に一人斬った覚えがある。
あれは確か。
刹那。
近藤は自分の血の気が引くのを自覚する。
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