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繚乱〜壱

「お前は、朧月の旦那、なのか?」
「なんだよ藪から棒に」
帰り道で呟いた近藤の一言に真一郎が笑う。
「私はあの子の上客だよ。それに、あの子は絶対旦那を取らない」
「親しそうにしていたから…そうか」
真一郎は近藤に何かを言いたそうな素振りを見せたが口にせず、夜道を九重屋まで帰ると「朧月達に似合う反物を探さなきゃね」と一言、手伝うのが当たり前と近藤もそれに付き合わされ、二人が布団に入ったのは夜明けも間近な頃だった。
その日から。
真一郎は少なくとも二日か三日に一度、近藤を伴って桜花を訪ねた。
逗留したいはずの真一郎は一人で行きたがったのだが、それを近藤が許さず、しかも売り言葉に買い言葉で「そんなに私を見張りたいなら親父様からちゃんと依頼して貰いな!」などと口走ってしまった為、真面目を絵に描いた様な近藤は本当に「九重の元締め」から「息子を守る」依頼を取ってきてしまったのだ。
こうなっては真一郎に近藤を追い返す術はない。
結果。
通う日数は増えても結局逗留せず帰るという、真一郎には物足りない日々を送る事になってしまった。
そんな事を繰り返すうち、季節は移り蝉の声も賑やかになる。
そうなると忙しいのは真一郎と洗濯に追われる女中達で、販売、仕立て屋への発注から受け取り、殊に仕入れの仕事は満載だった。
「夏だからねえ…浴衣生地と紗で手一杯だよ」
近藤に相変わらず手伝いをさせながら真一郎は帳簿を前にする。
文句を言いながらもその頭は店にとって最良の道を選ぶのだから、やはり商才があるのだろうなと浴衣生地を眺めながら近藤は思う。
と同時に、次々に渡される生地の中から、朧月や東雲、小さい禿、皐月や紅葉に似合うだろう柄を探してしまう自分にも苦笑していた。
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