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繚乱〜壱

その内、何度か東雲と朧月は座を外したが決して客人だけを残す事をしなかった。
それは太夫と呼ばれる二人の技量の賜物で、近藤も真一郎も退屈する事なく時間を費やす。
そして。
「お床入りの時間にございます」
外から二人の禿が声を揃え、すいと襖を開く。
素早く禿達は「自分の太夫」に近付いて、その手を取る。
立ち上がった太夫が客人を気に入ったなら、次に太夫が客人に手を差し伸べる段取りだ。
近藤の目の前、真一郎は朧月の白い手を取っている。
目当ての太夫なのだろうから、当たり前なのだろうなと近藤が思った時。
近藤の視界に細い指が入る。
東雲だった。
「俺は初座敷だ…共に酒を交わしただけでも作法違いだろうに、それは」
「あら、吉原の作法をご存知で?けど、ここにはそんな面倒な作法はございませんよ、あたしが旦那を気に入ったんですから、さ」
にっこりと笑う東雲に近藤は手を出さず、逆に頭を下げる。
驚いたのは東雲だが、傍目にその様子を見ていた真一郎と朧月も目を疑っていた。
「ちょ、ちょっと旦那、そんな真似」
東雲が慌てて禿の手を離して近藤の顔を上げさせようとする。が、そんな東雲に近藤ははっきりと言った。
「お前が嫌な訳ではない。ただ、俺はそこにいる真一郎の身を守る為にここへ来た。勿論、心配がない事は十分分かっているのだが…」
「それが旦那の仕事、って事ですね?それを違える事が出来ない位、大事な」
「ああ…すまない、東雲」
東雲の手に逆らって尚も頭を下げる近藤に、東雲はひときわ大きく笑うと、元いた場所へ座り直す。
「気に入った。じゃああたしも付き合いますよ。こんなお人初めてだ」
「…朧月、行こうかね」
「…はい」
楽しそうに杯を手にする二人を後目に真一郎と朧月は部屋を出る。
近藤が東雲に二人の居場所を尋ねると、東雲は簡単に場所を説明する。
廓の地理が簡単な物だからか、近藤は廊下を覗いて場所を把握すると、不測の事態にどうしようかと困った顔をして襖の側にいた小さな禿、皐月も巻き込んで静かに宴を始めた。
彼等の、桜花の夜はこれからだった。
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