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繚乱〜壱

「本日のお上り誠に有り難うございます」
太夫二人が口上に合わせて軽く頭を下げる。
余裕を見せる真一郎に反して近藤は太夫の美しさと迫力に視線を奪われる。
「朧月でございます」
黒髪の太夫がそう名乗って真一郎の傍らに座ると、少し遅れてもう一人が「東雲にございます」と近藤の傍らに座る。
近藤の緊張が分かるのか、酒を注ぎながら東雲が口を開く。
「お名を、お伺いしても?」
「近藤、と申す」
東雲は少しきょとんとしたが、すぐ人懐こい笑顔になる。
「生真面目なお人。そんなに気を遣う必要なんてありませんよ」
東雲の笑顔で気が抜けたのか、近藤は肩の力を抜いて東雲と言葉を交わしながら、正面に座る二人にも目を向ける。
真一郎は相変わらずにこやかだが、側にいる太夫はまるっきり表情を変えない。
真一郎が小さな笑い話をしても、その唇が動く事がない。
「あの太夫は」
小さな声で近藤が東雲に言うと、東雲は笑顔を崩さずに、それでも目の前にいる二人に聞こえない様にと近藤に近付いて答える。
「あの子は、そう滅多に笑わないんですよ。若旦那のお話が面白くない訳ではないんでしょうけどね」
「お前は良く笑うのにな」
「あらまあ嫌だ、あたしまで笑わなかったら、このお座敷はお通夜かと思われますよ、旦那」
「違いないな」
東雲に釣られたのか、近藤も薄く笑顔を浮かべる。
片方はにこやかに。
片方は静かに。
それでも酒宴は淡々と進み、空になった銚子を片付ける禿達も右に左に忙しそうに部屋を出入りする。
酒を運び、肴を運び、空になったものを片付ける。
良く見れば単調な作業だが、小さな禿達は一生懸命だった。
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