繚乱〜壱
夕刻になると真一郎は近藤の分だと新しい着物を出し、無理矢理に近藤に押し付ける。
「良いかい?今日行くのは安い場所じゃない。それなりの物は身に付けてくれないと困る」
真一郎の笑顔の中にある迫力に負けた近藤は何も言わずに着物を受け取ると、少しの間を置いてから隠れる事もせず着物を脱ぎ始めた。
「…お前に遠慮って言葉はないのかい…」
そんな事を独りごちながらも真一郎は近藤の着付けを手伝い始める。
近藤が一人で着物を着られない訳ではないが、見えない場所の崩れは流石呉服屋の若旦那、目ざとく真一郎が発見、手直しする。
「…お前、ちゃんとした武家の出だね」
「何を根拠に」
「着物が教えてくれるのさ。着物は人を選ぶ。この蚊絣ってのは、あっさりした柄だけに人を映すんだ」
真一郎の選んだ柄は蚊絣という小さな蚊が群れて飛んでいる様に見える小柄で、絣糸で十字形の文様を織り出したものだ。
なるほど、浅い藍色に濃い藍色の文様は近藤の雰囲気に良く合って見える。
「それにお前は新しい着物生地に慣れてる。町人や農民なら、古い、馴染んだ生地しか受け付けないのにね」
「…折りを見て、その事は話す…今は出かける方が大事だろう」
「ああ。当たり前じゃないか」
紅色の矢絣をひらひらさせながら真一郎は濃紺の羽織を取り、近藤にも同じ色の羽織を渡す。
「さ、行こうかね」
商売人らしく、他人の事を詮索しないあっさりした真一郎の性質は、近藤には有り難いものだった。
知られたくない「過去」ではない。いずれ真一郎になら話せるだろうと感じていた。
ただ、今はまだ話せない。
もう少しここにいて、真一郎を友と呼べたなら。
近藤はそんな事を考える自分に苦笑しながら刀を腰に刺し、慣れた手つきで羽織を肩にかけた。
「良いかい?今日行くのは安い場所じゃない。それなりの物は身に付けてくれないと困る」
真一郎の笑顔の中にある迫力に負けた近藤は何も言わずに着物を受け取ると、少しの間を置いてから隠れる事もせず着物を脱ぎ始めた。
「…お前に遠慮って言葉はないのかい…」
そんな事を独りごちながらも真一郎は近藤の着付けを手伝い始める。
近藤が一人で着物を着られない訳ではないが、見えない場所の崩れは流石呉服屋の若旦那、目ざとく真一郎が発見、手直しする。
「…お前、ちゃんとした武家の出だね」
「何を根拠に」
「着物が教えてくれるのさ。着物は人を選ぶ。この蚊絣ってのは、あっさりした柄だけに人を映すんだ」
真一郎の選んだ柄は蚊絣という小さな蚊が群れて飛んでいる様に見える小柄で、絣糸で十字形の文様を織り出したものだ。
なるほど、浅い藍色に濃い藍色の文様は近藤の雰囲気に良く合って見える。
「それにお前は新しい着物生地に慣れてる。町人や農民なら、古い、馴染んだ生地しか受け付けないのにね」
「…折りを見て、その事は話す…今は出かける方が大事だろう」
「ああ。当たり前じゃないか」
紅色の矢絣をひらひらさせながら真一郎は濃紺の羽織を取り、近藤にも同じ色の羽織を渡す。
「さ、行こうかね」
商売人らしく、他人の事を詮索しないあっさりした真一郎の性質は、近藤には有り難いものだった。
知られたくない「過去」ではない。いずれ真一郎になら話せるだろうと感じていた。
ただ、今はまだ話せない。
もう少しここにいて、真一郎を友と呼べたなら。
近藤はそんな事を考える自分に苦笑しながら刀を腰に刺し、慣れた手つきで羽織を肩にかけた。