このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

繚乱〜朧月

それからの私の毎日は言葉にならない程慌ただしく、様々な事が起こった。
まず名前。
最初の日、桜花と名乗った美しい人は私に「朧月」という名をくれた。
まだはっきりした姿のない私。それがぼんやりした朧月に似ているから、だそうだ。
私はまず、本名ではないこの名前に慣れなくてはならなかった。
それから朝から昼まで、最初に会った人、椿さんから言葉使いや廓の礼儀作法を学び、その後は私よりも先にここへ来て、先日「水揚げ」を終えたばかりだという「東雲」の身の回りの手伝いに追われる。
私の様な小さな子は「禿」といい、先輩の手伝いをしながら「仕事」を覚えるのだと「東雲姐さん」は話してくれた。
私はとにかく「仕事」を、椿さんの教えてくれる「基本」を早く覚える事だけに集中した。
作法さえ覚えれば、後は自然に覚える、といつも東雲姐さんが私に言ったからだ。
「あたしも、あんたと同じ様に覚えてきたんだから」
東雲姐さんはいつも、その薄い色の髪に私が櫛を入れるとそう言って微笑う。
私は、その笑顔が好きだった。そんな東雲姐さんに憧れて、絶対、この人の様になるんだと、いつしか思っていた。
だからだろうか。
私は廓の仕事や礼儀作法を辛いとは思わず、当たり前だが逃げたいとも、村へ帰りたいとも思わなかった。
一度、今の私は父や母へ何か出来ているのかと不安になり、椿さんに尋ねた事があった。
「禿は修行中の身だから、大した額じゃないけど、ちゃんと給金はあるよ。朧月のはあたしが預かってるけど…里へ…送りたいのかい?」
「はい。出来るだけ沢山」
「分かった。手配しておくよ。朧月は、良い子だね」
私の不安は、その瞬間、全てなくなったのだ。
8/16ページ
スキ