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繚乱〜終章

「総次郎は、死にました」
一之進が頭を下げる。
「あれからの文に従い、記された期日までに江戸へ参りました。期日を過ぎて、あれから知らせが来るまでを宿でひたすら過ごして…ですが、期日に知らせは無く、文に従い、某は奉行所へ…」
一之進は声を詰まらせながらも話を続ける。
「あれは、そこにおりました…物言わぬ姿で」
この時代、果たし合いや私怨で死んだ者は身元を早く割り出す為に奉行所に晒される。
身内はそこを頼りに訪ね、身内を見付けて連れ帰るのだ。
「総次郎を連れ帰る手筈を整え、あれの文にあった頼みを…持参した次第」


「総、次郎、さま」
朧月の指が蓋を動かす。
視線が中にある物に移る。
ぼんやりとしていたはずの朧月の視界と、意識が徐々に戻る。
箱の中には、総次郎の物であろう紅に染まった「あの札」と、白い紙に束ねられた一房の髪。
吉原の、桜花という廓にいる、朧月という名の太夫に、渡して欲しい。
総次郎は文の中でそう兄に頼み込んでいた。
まるで、自らの人斬りとしての運命に殉じる覚悟を決めたかの様に。
「なんて…人」
朧月の指が髪を撫でる。
一房とはいえ、それはまさしく総次郎のものだと、指が教える。
「私を…残して」
からん、と木箱が滑り落ち、朧月は毛氈の上に伏せる。
結い上げていた髪から簪が落ちる。
「私を…独りにして」
朧月の手が、目の前に流れる髪を掴む。
総次郎が何度も触れた髪。
「あなたは…」
声が震える。
胸が軋む。
目の奥が熱い。
もう、美しい桜すら滲んでしまっている。
ひらひらと朧月の上に花弁が落ちる。
それすらも。
「あなたは…私の本当の名前すら、知らないのに」
肩が、体が震える。
「総…次郎…様…っ」
声が出ない。
喉の奥が締め付けられる。
朧月の声なき声を聞いたのか、一際強い風が花弁をただ静かに降らせていた。



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