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繚乱〜終章

「これ、は?」
朧月の問い掛けに一之進は「弟より、朧月殿へ」とだけ告げて、弟と良く似た真っ直ぐな目を朧月に向ける。
「朧月殿…」
一之進の声に朧月は背を正す。
二人の目が合った時。
「総次郎は」
一之進の唇が次の句を告げる為に横に引き絞られた瞬間。
朧月の頭は全ての事柄を主に断りなく放棄した。


朧月の頭がようやく思考を始めたのは、それから何時間経ったのかすら解らない頃で、朧月は一人、桜の木に向き合っていた。
確か、馴染みの客が来て、その後名指しで客が来たと呼ばれた。
その後、あの馴染みの客はどうしたのだろう。
それよりもなぜ自分はここに一人でいるんだろう。
答えが出ないまま、朧月は桜の下にある毛氈の上に座り込む。
その枝ぶりから桜の時期には誰しもが取り合う場所。
ふと、上を見上げると、桜の小さな花が見え、時折微かな風が吹くと一つ二つと花弁が落ちる。
もう、散り花か。
ぼんやりとそう思う朧月の指先に、毛氈の下にある何かが触れる。
桜の根にしては四角いそれを引き出すと、現れたのは「あの包み」で、一瞬、朧月の目が揺れる。
無言のまま、朧月の指が包みを開くと、そこには手のひら程の薄い木箱。
「綺麗な…白木」
さらさらと指に触れる真新しい木箱の柔らかい感触。
かつり。
小さな音を立てて薄い蓋がずれる。
なぜだろう。
朧月の指はそれを開く事をしない。
それどころか、指先は小さく震え始めている。
「どう、して」
呟く朧月の頭の中、何時間か前の事が少しずつ思い出されて行く。
それは出来るならもう二度と思い出したくないと、願った場面だった。


目の前の侍から告げられた言葉。
それは、朧月が最も耳にしたくないと願い続けた言葉だった。
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