繚乱〜終章
「紅葉、次は踊りのお稽古だったんじゃないんですか?」
「あ…」
癖でいつもの様に朧月の髪を梳く紅葉に、思い出した様に鏡を見ながら朧月が言うと、紅葉ははたと顔色を変え、あたふたと櫛を置き、前もって支度していた包みを抱えながら朧月にぺこりと頭を下げ「行って参ります」と部屋を飛び出す。
「新造でも禿でも、あの子は変わりませんね」
朧月はそう呟いて自らの手で髪を梳く。
手早く髪を纏めると、それを待っていた様に部屋の外から声がかかった。
「入るよ」
返事を待たず開いた戸。
鏡に映ったのは、これまたどう見ても太夫とは思えない程、雑に髪を結わえただけの東雲だった。
「東雲姐さん、その髪」
半ば呆れた様な、驚いた声で朧月が言うと、東雲はにっこりと笑みを浮かべる。
「皐月がいないと自分でやらなきゃいけないんだけど、どうも上手くいかないんだよ…だから久しぶりにあんたに頼もうと思ってね」
「はい」
東雲と鏡の前を交代すると、朧月は東雲の髪を整え始める。
「あんたにこうして貰うのは、本当に久しぶりだね」
「ええ、私がここへ来てすぐ、姐さんの禿になって…」
「そうそう。あの頃のあんたはまだまだ小さくて、見た目だって田舎の子だったのに、あっと言う間に色々覚えて綺麗になって」
「全部姐さんのお陰ですから」
「あたしは何もしてないさ…あんたは、ここに来るべくして来たんだよ。あんただけじゃない、紅葉も皐月も、きっと、あたしもね」
東雲の茶色い髪を先程とは比べ物にならない位に纏め上げて朧月が櫛を置くと東雲は満足そうに笑う。
昔もそうだった。
東雲は、朧月に様々な事を教えた。
それが東雲の予想以上に出来た時だけ、東雲は極上の笑顔をくれるのだ。
今、鏡越しに見る東雲の表情は、正しくそれと同じもの。
「お気に召して頂けましたか、姐さん」
「ああ、流石だよ朧月。皐月が戻ったらこの結い方を教えてやってくれないかい?」
「私で良ければ」
東雲の肩に手を置いて微笑む朧月の表情がほんの少しだけ、小さな子供の様に見えるのは、そこにいるのが誰よりも信頼していて、ずっと側にいた東雲だからかも知れなかった。
「あ…」
癖でいつもの様に朧月の髪を梳く紅葉に、思い出した様に鏡を見ながら朧月が言うと、紅葉ははたと顔色を変え、あたふたと櫛を置き、前もって支度していた包みを抱えながら朧月にぺこりと頭を下げ「行って参ります」と部屋を飛び出す。
「新造でも禿でも、あの子は変わりませんね」
朧月はそう呟いて自らの手で髪を梳く。
手早く髪を纏めると、それを待っていた様に部屋の外から声がかかった。
「入るよ」
返事を待たず開いた戸。
鏡に映ったのは、これまたどう見ても太夫とは思えない程、雑に髪を結わえただけの東雲だった。
「東雲姐さん、その髪」
半ば呆れた様な、驚いた声で朧月が言うと、東雲はにっこりと笑みを浮かべる。
「皐月がいないと自分でやらなきゃいけないんだけど、どうも上手くいかないんだよ…だから久しぶりにあんたに頼もうと思ってね」
「はい」
東雲と鏡の前を交代すると、朧月は東雲の髪を整え始める。
「あんたにこうして貰うのは、本当に久しぶりだね」
「ええ、私がここへ来てすぐ、姐さんの禿になって…」
「そうそう。あの頃のあんたはまだまだ小さくて、見た目だって田舎の子だったのに、あっと言う間に色々覚えて綺麗になって」
「全部姐さんのお陰ですから」
「あたしは何もしてないさ…あんたは、ここに来るべくして来たんだよ。あんただけじゃない、紅葉も皐月も、きっと、あたしもね」
東雲の茶色い髪を先程とは比べ物にならない位に纏め上げて朧月が櫛を置くと東雲は満足そうに笑う。
昔もそうだった。
東雲は、朧月に様々な事を教えた。
それが東雲の予想以上に出来た時だけ、東雲は極上の笑顔をくれるのだ。
今、鏡越しに見る東雲の表情は、正しくそれと同じもの。
「お気に召して頂けましたか、姐さん」
「ああ、流石だよ朧月。皐月が戻ったらこの結い方を教えてやってくれないかい?」
「私で良ければ」
東雲の肩に手を置いて微笑む朧月の表情がほんの少しだけ、小さな子供の様に見えるのは、そこにいるのが誰よりも信頼していて、ずっと側にいた東雲だからかも知れなかった。