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繚乱〜終章

「住処が分かったよ、近藤」
部屋の隅で刀の手入れをする近藤の傍らに座り込みながら真一郎が言う。
「ついでに人が少ない時も探っといたから…でも、危ない時は逃げるんだよ?」
かさりと細かく事の次第が記された紙が近藤の前に差し出される。
手入れを途中で止め、近藤は紙にざっと目を通すと、懐に押し込む。
「…こんな仕事…何でお前だけにやらされなきゃいけないんだか」
「俺の腕が一番だからだと元締めが言ったんじゃなかったか?なら、仕方ない」
刀を鞘に納め、近藤は縁側に歩く。
庭に植えられた木々が春を前に少しずつ緑を新しくする中、小さな木が目に入る。
「真一郎、あの木は」
「ああ、親父殿が植木市で見つけたらしい…まだ小さいけど、桜だよ」
「桜、か」
「桜花にも長く出向いてないし…たまには私も遊びたいもんだ」
「若旦那は暇がないからな」
縁側で並んで立ちながらそんな事を言い合った後、相変わらず店からの呼び声が耐えない真一郎は「休ませておくれってば」と文句を言いつつも戻って行き、縁側に残った近藤は今し方懐に押し込んだ紙を改める。
九重がこの仕事の大店だと言われているのが伊達ではないと示す様な、あるいは情報網が余程しっかりしているのか、もしかしたら真一郎の情報収集と分析能力が群を抜いて高いのかは近藤には分からないが、そこにはここ数ヶ月で近藤が調べた以上の情報が綴ってあった。
「…流石だな」
近藤はそう言うと文字を目で追いながら指で日を数え、また紙を懐に入れながら意を決した表情に変わる。
それは今まで見た事のない、近藤の侍としての顔だった。
庭の片隅。
そんな近藤を見守るかの様に、鼓舞するかの様に、小さな桜は幾つかの蕾を膨らませようと蓄えていた。
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