繚乱〜終章
朧月が目覚めたのは朝日が吉原を照らす頃。
廓を出る客や、女郎達の声が混ざった賑わいで自然と目が開いた。
部屋を見回してみても当たり前だがそこには自分だけ。
眠る前、無造作に散らかしたはずの近藤の着物は跡形もない。
「…総次郎様」
朧月は小さく呟いてから身なりを整えて窓を開ける。
冷たい冬の空気が肌を刺しても、朧月は吉原の入口を、その向こうにある近藤の姿に目を向けていた。
この日から、近藤はまた少しずつだが桜花へ通い始め、その度に紅葉にと土産を持参し、朧月が起きる前に廓を出る事を繰り返した。
夜気が少しずつ暖かくなる頃には、紅葉は土産が無くとも近藤がずっと示した時間に閨を訪れ、一人で近藤を見送る様になっていた。
慣れたと言えばそうなのだろうが、それでも刀を持つ手は常に震えている。
「刀が怖いか?」
紅葉が差し出した刀を腰に納めながら近藤が言うと、紅葉は小さな声で答える。
「重くて…怖い、です」
「刀は…簡単に命を奪う…獣でも人でも。昔ならいざしらずだが、それは許されない事だ」
大小の刀に手をやって近藤は続ける。
「今の世には必要のない物なのに、俺はこれを離せない」
「主様」
「俺は、きっと弱いのだろうな…お前や朧月の様な強さがあれば、今頃は」
紅葉は少しばかり考えてから刀に添えられた近藤の手を取る。
自分の手の倍以上ある近藤の手。
「私は、主様が弱いなんて思いません。お侍様にとっての刀は命の様な物だとか…命を簡単に離してしまう事は、良い事ではないのでしょう?」
「紅葉」
近藤は左手で紅葉の手を握り締めると、空いた右手で紅葉の頭を撫でる。
「やはりお前は強いな…有り難う」
そう言うと近藤はくるりと身を返す。
後ろ姿に紅葉は「主様」と呼びかけたが、近藤は振り向かなかった。
小さな手。
真っ直ぐな目。
素直な紅葉。
同じ目で自分を見る朧月。
愛しい二人。
近藤の目の前に置かれた物は、あの愛しい空間にいる時にだけ姿を消す。
だからといって、ずっとあの場にはいられない事は誰よりも近藤自身が知っているのだ。
廓を出る客や、女郎達の声が混ざった賑わいで自然と目が開いた。
部屋を見回してみても当たり前だがそこには自分だけ。
眠る前、無造作に散らかしたはずの近藤の着物は跡形もない。
「…総次郎様」
朧月は小さく呟いてから身なりを整えて窓を開ける。
冷たい冬の空気が肌を刺しても、朧月は吉原の入口を、その向こうにある近藤の姿に目を向けていた。
この日から、近藤はまた少しずつだが桜花へ通い始め、その度に紅葉にと土産を持参し、朧月が起きる前に廓を出る事を繰り返した。
夜気が少しずつ暖かくなる頃には、紅葉は土産が無くとも近藤がずっと示した時間に閨を訪れ、一人で近藤を見送る様になっていた。
慣れたと言えばそうなのだろうが、それでも刀を持つ手は常に震えている。
「刀が怖いか?」
紅葉が差し出した刀を腰に納めながら近藤が言うと、紅葉は小さな声で答える。
「重くて…怖い、です」
「刀は…簡単に命を奪う…獣でも人でも。昔ならいざしらずだが、それは許されない事だ」
大小の刀に手をやって近藤は続ける。
「今の世には必要のない物なのに、俺はこれを離せない」
「主様」
「俺は、きっと弱いのだろうな…お前や朧月の様な強さがあれば、今頃は」
紅葉は少しばかり考えてから刀に添えられた近藤の手を取る。
自分の手の倍以上ある近藤の手。
「私は、主様が弱いなんて思いません。お侍様にとっての刀は命の様な物だとか…命を簡単に離してしまう事は、良い事ではないのでしょう?」
「紅葉」
近藤は左手で紅葉の手を握り締めると、空いた右手で紅葉の頭を撫でる。
「やはりお前は強いな…有り難う」
そう言うと近藤はくるりと身を返す。
後ろ姿に紅葉は「主様」と呼びかけたが、近藤は振り向かなかった。
小さな手。
真っ直ぐな目。
素直な紅葉。
同じ目で自分を見る朧月。
愛しい二人。
近藤の目の前に置かれた物は、あの愛しい空間にいる時にだけ姿を消す。
だからといって、ずっとあの場にはいられない事は誰よりも近藤自身が知っているのだ。