繚乱〜終章
それから数日後。
朧月と紅葉を名指しで桜花廊を訪れたのは誰あろう。
「主様」
挨拶の口上を何とか間違わずに言い切った紅葉が顔を上げたそこには、優しい表情で座す近藤の姿。
紅葉は作法を守りながらも嬉しさを隠さず、近藤の隣に満面の笑顔でちょこんと座り込んだ。
「新造になったんだってな?おめでとう、紅葉」
近藤はそう言うと、小さな包みを懐から取り出して紅葉に手渡す。
その様子を見ながら朧月は紅葉とは反対側の、近藤の隣に座りながら言う。
「紅葉、お礼を」
包みを両手で受けながら朧月の声を聞いた紅葉は、背中をしゃきりと伸ばすと、ほんの少しだけ大人びた声で近藤に言う。
「有り難うございます、主様。大事に致します」
「ああ、大した物ではないが、そうしてくれ」
「近藤様ってば…さ、紅葉、開けてご覧なさい」
紅葉はこくりと頷いて包みを開く。
そこには一足早い桜。
「…桜の簪と、櫛」
紅葉はそう呟いて近藤を見る。
朧月からの酒を受けながら近藤は優しい声で言う。
「廓の名前が桜花、だからな…お前がいつか、この廓の看板になれる様に」
この廓に年期がないといつか話した事を覚えていたのかと朧月は思う。
あれは見受けを近藤が言い出した時。
朧月は空になった近藤の杯に酒を注ぎながら、遠い日の自分を思った。
見受けを受けない。
廓に留まると決めたあの日の自分。
今もその決心は間違えていないと信じてここにいる。
小さな禿だった紅葉と皐月が新造になり、いずれまた来るだろう新しい禿を育てる。
東雲と双璧として肩を並べ、桜花を支えて廓を守る。
果たして目の前にいる紅葉が、自分ほどの思いを抱えているのかは分からないが、朧月は表情を変えずに考える。
いつか。
紅葉が、皐月が、新しい禿達が。
自分と同じ様に思ってくれるなら。
「…有り難う、ございます…近藤様」
小さな声に近藤が朧月を見る。
「紅葉は、幸せ者です」
「俺ごとき…買いかぶりだ。紅葉なら、じきに良い客が付く」
「ええ、私もそう思います」
「姐さんも主様も、私はまだまだですから」
じゃあ練習だな、と近藤が紅葉に杯を差し出すと、紅葉は笑顔で酒を手に、近藤の杯を満たした。
小さな酒宴は、床入りの知らせが響く寸前まで続いていた。
朧月と紅葉を名指しで桜花廊を訪れたのは誰あろう。
「主様」
挨拶の口上を何とか間違わずに言い切った紅葉が顔を上げたそこには、優しい表情で座す近藤の姿。
紅葉は作法を守りながらも嬉しさを隠さず、近藤の隣に満面の笑顔でちょこんと座り込んだ。
「新造になったんだってな?おめでとう、紅葉」
近藤はそう言うと、小さな包みを懐から取り出して紅葉に手渡す。
その様子を見ながら朧月は紅葉とは反対側の、近藤の隣に座りながら言う。
「紅葉、お礼を」
包みを両手で受けながら朧月の声を聞いた紅葉は、背中をしゃきりと伸ばすと、ほんの少しだけ大人びた声で近藤に言う。
「有り難うございます、主様。大事に致します」
「ああ、大した物ではないが、そうしてくれ」
「近藤様ってば…さ、紅葉、開けてご覧なさい」
紅葉はこくりと頷いて包みを開く。
そこには一足早い桜。
「…桜の簪と、櫛」
紅葉はそう呟いて近藤を見る。
朧月からの酒を受けながら近藤は優しい声で言う。
「廓の名前が桜花、だからな…お前がいつか、この廓の看板になれる様に」
この廓に年期がないといつか話した事を覚えていたのかと朧月は思う。
あれは見受けを近藤が言い出した時。
朧月は空になった近藤の杯に酒を注ぎながら、遠い日の自分を思った。
見受けを受けない。
廓に留まると決めたあの日の自分。
今もその決心は間違えていないと信じてここにいる。
小さな禿だった紅葉と皐月が新造になり、いずれまた来るだろう新しい禿を育てる。
東雲と双璧として肩を並べ、桜花を支えて廓を守る。
果たして目の前にいる紅葉が、自分ほどの思いを抱えているのかは分からないが、朧月は表情を変えずに考える。
いつか。
紅葉が、皐月が、新しい禿達が。
自分と同じ様に思ってくれるなら。
「…有り難う、ございます…近藤様」
小さな声に近藤が朧月を見る。
「紅葉は、幸せ者です」
「俺ごとき…買いかぶりだ。紅葉なら、じきに良い客が付く」
「ええ、私もそう思います」
「姐さんも主様も、私はまだまだですから」
じゃあ練習だな、と近藤が紅葉に杯を差し出すと、紅葉は笑顔で酒を手に、近藤の杯を満たした。
小さな酒宴は、床入りの知らせが響く寸前まで続いていた。