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繚乱〜終章

朧月は顔を上げ、桜に小さく「いつもありがとう」と囁くと、まず尋ねなくてはならない桜花の部屋を目指した。
何はなくとも店主に報告なしに全てを自分一人で決定出来る訳がない。
明け方の時間に、しかも突然の訪問にも関わらず、桜花は薄い化粧をして朧月を迎え入れる。
一体この人はいつ眠っているんだろう、とか、どこに隙があるんだろう、と色子達が噂するほど、桜花はいつ部屋を訪ねてもきちんとしている。
だからこそ「花魁」と呼ばれるに相応しいのかも知れない。
「この様な早い時間に申し訳ございません、花魁」
「構わなくてよ。何か、わたくしに話があるのでしょう?」
桜花はいつも話しやすい様に口火を切ってくれる。
朧月は頷くと、近藤が告げた台詞をそのまま桜花に伝えた。
未だに自分の気持ちが決まらない事も、どうすれば良いのか分からずにいる事も隠さずに話す。
桜花は微笑みを崩さずに口を開く。
「そうですわね…正直に言えば、あなたを失うのは辛いわ。あなたはここの太夫ですもの。でも、それでもわたくしは、あなたが一番幸せな方を選びたいと思いますの…ねえ朧月」
あなたの幸せは、どちらにあるのかしら。
桜花は朧月の言葉を待つ。
朧月は黙って考え込んでいる。
幸せ。
廓を出て、近藤と過ごす事。
隣を見れば近藤がいて、名を呼べば答えてくれる。
帰る場所も同じ。
もう離れる事はなくなる。
幸せ。
廓にいる事。
東雲や紅葉、皐月。
絹や椿。
桜花。
皆と毎日を過ごす。
「私、は」
朧月の唇がたどたどしく言葉を紡ぐ。
ぐるぐる回る様々な考えを整理して、ゆっくりと言葉にしているのだろう、両手はしっかりと握り締められている。
「私の、幸せは」
桜花は何も言わない。
朧月はゆっくり目を閉じ、しばらくの間を置いて目を開くと、真っ直ぐ桜花を見る。
「私は、ここに、廓に残ります」
朧月の目に迷いはない。
「…分かりましたわ」
桜花はそれだけを口にして、華の様に朧月に微笑んだ。
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